『監訳者あとがき』

 本書は,1994年にMagnolia Street出版社から出版されたシャーリー・ライリー(Shirley Riley)による“Integrative Approaches to Family Art Therapy”の翻訳である。原本は,1章から7章までの事例をとおしてさまざまな治療理論をまとめた第Ⅰ部と,8章から11章までの思春期を抱える家族などの特定の問題を対象にアートセラピーの実際をいきいきと描き,その有効性を主張する第Ⅱ部,12章から14章までの家族が現代社会から受ける影響に対するアートセラピーの取り組みについて触れた第Ⅲ部,そして各部に対するマルキオディのコメントからなっている。今回はそのうちの第Ⅲ部とマルキオディのコメントは割愛した。

 私がはじめてライリー先生にお会いしたのは,1989年米国カリフォルニアのロサンゼルスにあるロヨラ・メリーマウント大学大学院である。そのころすでにアートセラピーは盛んに行われていたが,ファミリー・アートセラピー(現在Marital and Family Therapy)を学科に持つ大学院は,ロヨラ・メリーマウント大学だけであった。そこではアートセラピーの理論と手法を家族療法の理論と手法に融合させたファミリー・アートセラピーを実践していた。ライリー先生の講義は終始エネルギッシュで歯切れが良く,いつの間にか引き込まれ,講義が終わったときには何か元気になる不思議な体験をしたのを覚えている。10年ほど前にライリー先生を日本にお招きし,研修会を開催した。その時も参加者はそれぞれに治療者と患者がアートによってつながる瞬間や,そこで表現されたものの意味が見る見るうちに浮き彫りになり,先生の言葉によって一瞬にして変化してしまうのを目の当たりにし,「衝撃を受けた」,「感動した」と感想を述べておられた。おそらくこの本を読まれる皆さんも先生の感性におどろかされ,治療自体が治療者と患者家族との共同制作であり,家族の関係に変化が起きていくさまを体験されるであろう。
 アートセラピーは,日本においてはまだまだ絵画解釈に興味の中心が置かれやすいが,製作することが自己表現であり,カタルシスをもたらすなどはもとより,人間の思いを変化させていく道具としてアートを用いるアートセラピーのあり方を理解する上で,本書は非常に参考となる。また,家族におきていることを家族自身に表現させ,家族関係の新しい形を作品を作る中で疑似体験させている点でもアートのすばらしさを伝えている。作品を作り上げるプロセスは,創造と破壊の連鎖であり,その決定は感性によって行われることから,変化はおのずとごく自然に起こってくる。自らの作品を順を追って見返すことで,制作者と治療者が変化の過程を理解できるのも大きな特徴である。アートセラピーがアートであるがために変化は非常に自然に感性の領域で発生する。それを言語が現実のものとして変化を意味づけ固定化していき治療が進行する。家族関係を対象にしたファミリー・アートセラピーでは,その関係が作品の製作過程の中で変化するのも自然なことであり,その結果症状や問題となっていたことが問題ではなくなることや今後の変化を現実に先行して表現されるといった結果を生むのである。
 これまで家族療法を学んでこられた方が,さまざまな学派の,世代間境界,リフレーミング,リストレイニング,不均衡化,二重拘束等々の理論や技法を本書のアートセラピーのプロセスの中でより深く理解されることを確信する。
……(後略)

2007年5月27日 監訳者を代表して 鈴木 恵