『解  説』

東京フェミニストセラピィセンター  平川和子

 本書は“To Be An Anchor In The Storm : A Guide for Families and Friends of Abused Women”の全訳です。原著書は1997年に出版されています。DV(ドメスティック・バイオレンス)被害女性を家族にもつ人々や友人に向けて書かれたガイドブックです。
 本書のキーワードは「アンカー(錨)」です。しかも,しけて荒れる海に翻弄される船を繋ぎとめ,安全を確保する錨です。船に錨が必要であるように,DV被害者にもつながりの感覚と自尊心を支えてくれる錨のような友人や家族の存在が必要です。そのことを本書は教えてくれます。
 人が安全に生きるためには,具体的な他者の生と生命に対する関心や配慮を媒体とする,ある程度持続的な関係性=親密圏が必要です。DV被害者が陥る心理状態を「孤立化」と「無力化」で特長づけたのは米国の精神科医J・L・ハーマンですが,被害女性は,暮らしのなかで作り上げてきた親密圏を失い,社会からも家族からも孤立して,加害者から逃げ出す力を剥ぎ取られてしまいます。そして人を信頼する力を失います。アンカーとはこうした女性の傍に居続け,共感し,共に生きていこうとする人たちです。女性たちはアンカーとつながることによって,人間の尊厳を取り戻す力を得るのです。海がしける時には,ロープを引っ張ったりゆるめたりして,船を波にまかせるゆとりを作る必要があるように,支援に際しては行う必要があること,行ってはならないことなどがあります。本書は具体的な例を示しながら,その方法を解き明かしてくれます。残念ながら日本ではまだこの種の本は書かれていません。支援の幅を広げるために本書が役立つことでしょう。
 著者のスーザン・ブルースターは米国ニューメキシコ州に住む開業の心理療法家です。心理療法を行うとともに,DV被害女性の友人や家族のための支援グループを立ち上げて,ワークショップやセミナーを開催しています。27年にわたる臨床歴のうち,17年はDVに関する活動に積極的に取り組み,シェルター臨床主任も務めました。また過去にボーイフレンドから暴力被害に遭った際に,友人たちのあたたかい関わりと適切な援助をもらったサバイバーでもあるようです。その時の経験が本書の基調となっています。しかしその一方で,危険や生命が脅かされるなど危機介入が必要な緊急事態には適切な専門家のアドバイスと援助を求めるよう勧めることを忘れません。DV被害者支援は一人でできるほど生易しいものではないからです。こうした著者の姿勢のなかに,長い臨床歴で培った経験と知恵を見ることができます。
 さて日本のDV被害者に対する支援の状況は,2001年のDV防止法の制定・施行以降,大きく変わりました。それまで暴力は夫婦ゲンカとしてしか扱われていませんでした。たとえ110番通報後に警察官が駆けつけたとしても,民事不介入を理由に,なんの対応もできなかったのです。しかし法律の制定により,DVは犯罪となる行為であり,女性に対する人権侵害であり,性差別社会で起きる構造的暴力であることが明記されました。また加害者に対する接近禁止と退去命令を含む保護命令が明記されたことも画期的なことでした。続く2004年の改正時には,国に被害者に対する施策に関する基本方針を,地方公共団体に基本計画の策定義務が明記されました。同じ年に改正された児童虐待防止法には,児童虐待の定義にDVの目撃が加わりました。密室化された家庭のなかで起きる暴力や虐待が,社会的認知を得て,ようやくにその実態が姿をあらわし始めたのです。なによりも法律の制定に向けて,被害当事者と草の根支援活動を担う多くの民間団体の力が結集したことで支援の流れがさらに拡がることになりました。
 しかしこうした動きのなかでさえ,多くの被害女性の命が失われたことも確かな事実です。またDV被害者でありながら刑事事件の加害者になってしまった女性もいます。
 ここ数年は次々と社会を震撼させる事件が起こりましたが,そのなかでも一際傷ましいのは,徳島県で起きた保護命令発令中の女性が夫に殺害されるという事件でした。2006年12月21日の夕方のことです。夫は妻が子どもを連れて家を出たことを恨み,周到に殺害を計画し,探偵社を雇って妻と子どもの居場所を探し当てました。そのうえで刃渡り53センチの脇差と包丁三本を研ぎ,妻や子どもに見つからないようにと車を買い替えて,居所を徘徊し,殺害の機会を狙いました。
 これだけでもすでに保護命令違反ですが,夫は先に帰ってきた子どもと一緒に部屋のなかに入り込み,脇差を玄関に向けて構えながら妻の帰りを待ち,妻がドアをあけて入ってくるなり,腹や胸や顔など二三カ所にわたり刺したのです。直後には,まだ血のついた刀を持ったまま,子どもに向かって「死にたいか」と尋ねたといいます。子どもがようやくに「生きたい」と答えると,車に乗せて,自宅に向かいました。しかも夫は途中で妻を誹謗中傷する文書を近隣の人たちに宛てて投函したといいます。子どもたちはこの間には一言も言葉を発することはありませんでした。もちろん泣くこともありませんでした。子どもたちの心身に与える影響の深さを感じずにはいられません。
 この女性は結婚直後から酷い暴力を受けていました。昼間は看護師として働き,昼休みには家に戻って家事をし,夕方には一旦家に戻り,子どもたちの世話をしてから,夫の経営するマッサージの仕事を手伝いました。帰るのはいつも深夜であり,睡眠時間はわずか3時間しかなかったといいます。ところが夫は家が汚いと怒っては妻を殴り続けました。
 しかし女性は家を脱出することができました。決心するまでには,子どもたちからの励ましがありました。母親が暴力をふるわれる場面を目撃していた子どもたちは,父親から身体的虐待を受ける被害者でもありました。その子どもたちが母親に離婚を促したのです。この頃より女性は実母や姉に暴力被害の事実を話すことができるようになりました。このことを知った母親も姉も協力を惜しむことはありませんでした。もちろん職場の同僚からの協力もありました。女性が腕にあざを作っているのを見て,心配し,情報を提供し,緊急事態が発生した時のために,貴重品などの荷物を預かり,女性を励まし続けたのです。
女性が配偶者暴力相談センターに相談に行き,避難することができたのは,こうした家族と友人の理解と共感があってのことでした。まさに彼らはアンカーでした。これに力を得て,女性は専門相談員から適切な情報をもらい,避難することを決め,退所してからは仕事を再開するべく,自立に向けての準備をしていたのですが,その矢先に,事件は起きました。
 夫は妻に結婚直後から服従を強制し,従わなければ殴りました。女はこうあるべき,妻は家事をおろそかにしてはならない,夫の仕事は骨身を削っても助けるべき,口答えはしてはならないなど,自分勝手な思い込みでいっぱいでした。法廷での夫は反省も妻への謝罪もありませんでした。自分は悪くない,悪いのは妻であり,それを助けた職場の同僚であり,妻の言い分ばかりを聞くDVセンター相談員であり,自分の正当性に耳を貸さない調停委員であると,夫は言い続けました。6月19日に出た判決は論告求刑通り無期懲役でした。夫は控訴をしたようです。
 この凄惨な事件が示すのは,家族や友人はアンカーにもなることができる一方で,生命の危険にさらされ,暴力被害の影響を心身に受けるという事実です。私はこうした二つの事実をシェルター活動10年のなかで繰り返し見てきました。2007年7月に改正されたDV防止法では,被害者の親族等が接近禁止命令の対象となりました。これからも被害者の声を大切にするとともに,家族とつながりながら,DV根絶への流れを作り出す必要を感じます。
……(後略)