まえがき

 「犯罪心理臨床」の危機である。重大事件が起きるたびに,「専門機関は何をやっているのか」,社会から糾弾されることが当たり前となった。犯罪・非行臨床機関は,守秘義務を盾にして,自らの説明責任を怠ってきたことは否めないのではないか。
 臨床的関与が,法的枠組みを基盤としてクライエントになされる以上,その効果はもとより,アプローチの実際を明らかにする社会的責任がある。「何ができて,どこがうまくいっていないのか」,本質的な疑問にきちんと答えるべく本書の編集作業に着手した。
 同じ編者により,『非行臨床の実践』(金剛出版)を1998年に刊行している。非行からの立ち直りの道筋と手だてに関して,臨床家の立場から理論化を図り,そのアプローチの実際について詳述したものだが,幸いにも読者を得て版を重ねることができた。
 この10年間に2度にわたる少年法改正など非行臨床システムの改変があり,「刑事施設・受刑者処遇法」,「更生保護法」と犯罪臨床システムを規定する基本法が新たに成立した。だが,「危機が新たなステージへの飛躍の礎石」となるためには,臨床現場で働く人材の確保,そして犯罪心理臨床というソフト面の充実が不可欠である。
 このような問題意識を抱いて,社会から厳しい目が注がれている非行・犯罪からの立ち直りに関わる臨床の基盤を提供したいと目論んだ。臨床現場の主要な問題・アプローチを網羅し,新たな臨床対象として重要である児童虐待の加害親や犯罪被害者への心理的援助も取り上げることにした。執筆者は,現場の第一線に立つ実務家とそれを経た研究者であり,それぞれのアプローチ手法について「理論的基盤」・「処遇プログラム」・「事例」を詳述してもらうよう依頼した。さらに,執筆項目は,警察から始まって少年院・刑務所,仮釈放後の保護観察で終わるといった非行・犯罪に関わる処遇機関の流れに従うのではなく,焦点となる問題やアプローチ別に選定し並べている。
 そこで,第1部では,「軽微な非行への初期的介入」と「重大な非行を犯した少年への対応」を対比する構成とした。臨床実践としては,「親面接」,「ソーシャル・スキルズ・トレーニング」,「被害者の視点を取り入れた処遇」,そして「軽度発達障害への対応」と,非行臨床の中で組織的に取り組まれているアプローチについて記述してもらった。ところで,「児童の自立支援について」は,執筆者の個人史であり,他の論考とは趣を異にしているが,この領域独特の歴史的背景・事情を反映していることをご理解いただきたい。
 第2部では,再犯に関わるリスクアセスメントに続いて,性犯罪者と覚せい剤事犯に対する処遇手法を取り上げた。わが国では初めての対象者の問題性,そして再犯の抑止に焦点を当て,直接的に働きかける処遇プログラムである。これらは,矯正施設と出所後の保護観察が連係することが要点であることから,両機関の実践を並載した。また,精神障害や高齢といった「併存障害」を持つ犯罪者が,新たな犯罪臨床の対象として重要であり,最先端の取り組みについて紹介してもらった。さらに,犯罪心理臨床機関で実務経験のある研究者が,虐待の加害親や犯罪被害者への心理的援助の実際を詳述している。
 執筆者を得て,「犯罪心理学」ではなく,「犯罪心理臨床」との書名を裏切らない,臨床の知見が凝集したものになったと編者として喜んでいる。本書が,非行・犯罪臨床の実践ガイドとして,心理臨床家はもとより,教育・福祉・医療などの関連領域の専門家にとっても有用であるものになっていれば幸いである。大方のご批判を仰ぎたい。

2007年6月  生島 浩