『監訳者あとがき』

 本書の訳は,東京慈恵会医科大学の精神医学講座・精神療法・精神病理研究会のメンバーを中心に作成された。厚生労働省委託費研究「境界性パーソナリティ障害の新しい治療システムの開発に関する研究」(牛島班)と並行して進めてきた作業で,本来,もう少し短期での翻訳を考えていたが,予想以上に時間が掛かり,本書の出版をお待ちいただいていた皆様には大変申し訳なく思っている。
 本書は1992年頃に定式化されてきた,弁証法的行動療法のマニュアルであり,この本の他にテキストと呼ばれるより詳しい解説書が存在する。本書は比較的簡易なマニュアル版ということになっているが,実際にはかなりのボリュームを含み,内容は簡易なものではない。また,実際に米国でのLinehanのDBT講習会に参加してみると,この本以外により詳細な講習会バージョンの解説テキストが配られて受講することになっており,この本はそのための副読本である。
 弁証法的行動療法は,本来は自殺企図や自傷といった衝動的行動の制御を目的とした行動療法であるが,他の行動療法に比べ,①境界性パーソナリティ障害について独自の病理学的理論に立つこと,②禅的思考様式を援用していること,③治療効果についてのRCT(無作為化抽出試験)において有意差を認められた治療法であること,の3点の特徴がある。
 特にわれわれが着目したのは,わが医局の初代教授,森田正馬が創始した「森田療法」と類似点が少なくないことである。「森田療法」も独自の病理学的理論に基づき,強迫性障害や対人恐怖といった日本人に多い神経症性障害に対して効果の高い治療法として知られているが,その根幹は「あるがまま」という言葉に象徴される現在の心的状況を肯定しながら,現実をより良く生きるという生き方の姿勢に重きを置くところにある。
 一方,弁証法的行動療法は,大陸型の合理主義思想の典型である弁証法という名を冠しており,合理主義的な論理構成をとっているように思われるが,実は正反の事物がすべて相対立するという状況を前提とするというあたりが類似しているに過ぎず,この名称は跡付けに過ぎない。その本質はマインドフルネスという言葉に表現される,現状を肯定しつつより良く生きることであり,それはそのまま「あるがまま」と形容しても大きな隔たりはないものと思われる。
 ここで伝えておきたいのは,「森田療法」では単なる論理的理解ではこの「あるがまま」を体得できないと考える点である。これは禅においても同様であり,心身一元論に立つ東洋思想の特徴である。またこうした心の構えを導くには,高い治療意欲が持続されなければならない点も重要である。
 一方,DBTでは論理的理解を説くが,マインドフルネスに関しては何度もロールプレイを行い,いまある心の状態をそのままに受け止めて言語化することにより,西欧的な意味での体得を図ろうと試みている。この心の構え作りを最大の中心とするのは森田と近似しているが,その技法はより西欧人の思考様式に適合したものとなっている。したがって,こうした基盤の相違を無視して本法をそのままわが国の患者に応用してもその効果はかなり限局したものになりやすいと思われる。実際の治療に当たってはこの点に留意した運用が必要と思われるのである。
 また,実際の運用において,本法は行動療法の中でもかなり構造化されたシステムを必要とする。この点でマンパワー,コスト,などの点でわが国の医療制度の中で運用は原法ではかなりの工夫を要すると考えられる。しかしながら治療的技法としては画期的な内容を多く含んでいる。いままで変化を促すだけであった行動療法に対して,患者の認知の歪みに基づいた傷つきやすさに応え,衝動性を包み込み,現実に生き抜く術を伝える内容には,衝動性が高く,情緒的な反応の多い患者を支えていく優れた技法を多く内包している。何よりも,いままで対処的薬物療法と,精神分析的精神療法以外には,明確な治療手段を持たなかった治療者にとって,ひとつの治療のあり方を示した点で本書の意義は大きいと言えよう。願わくば本書を用いてより多くの人が,境界性パーソナリティ障害の治療に希望を持ち,取り組んでいかれることを望みたい。
……(後略)

2007年7月  小野和哉