はじめに

『医療心理学実践の手引き』を上梓することができた。振り返ると,現在も実施しているとはいえ,10年前の実践経験が主である点,考え方が古くなってはいないかと心配な点もある。しかし今回,取り上げたリハビリテーション科,形成外科,神経内科でのリエゾン・コンサルテーションの実際,そして職場でのメンタルヘルス,精神病院でのコンサルテーションや医療スタッフへの教育などの実際をまとめたものは,現在でも極めて少ないので,刊行することで医療や産業に働く方々へのお役に立てるのではないかとも考えた。
 本書に修めた医療心理学の実践は,私自身が単独で自から担当した病院各科とのリエゾン・コンサルテーションが主であるが,やはり,恩師小此木啓吾先生の下での30年以上の薫陶なくしては成立しえないものであった。本書の終章に,小此木先生の思い出と私にとっての医療心理学の実践の出発となった,“対象喪失”を応用した実践研究を取り上げたのも,先生への感謝を申し上げたいと思ったからである。公私混同になるがお許し願いたい。また,医療心理学実践にどうして,産業領域の実践が混入しているのかと疑問に思われるかもしれない。私にとっては職場のメンタルヘルスの課題は,本書に描かれた医療心理学を基本として,その応用編と考えている。実際に企業の現場でも,医療心理学の認識と理解がその実践に十分に役立っているので本書に,その一部を掲載したのである。是非第9章と第10章をお読みいただきたい。
 本書作成は当初,リエゾン・コンサルテーションの実際と青春期心理面接,並行父母面接あるいは職場メンタルヘルスなどの実際事例を中心にして,“力動的心理面接と心理臨床の実際”という形でまとめようとした。しかしながら論文数が多く,今回の“医療心理学実践”となった経緯がある。また序章に,私のほぼ40年余りの,それぞれの臨床場面で出会いを通して学んだ,エピソードや工夫をダイジェスト的にまとめて掲載した。各章を読んでいただいても了解できるものには編集したが,まず私という一人の心理臨床家の歩みを全体的に俯瞰していただき,その上で本書の各章を読み進めていただくと,各章がもっとあじわい深いものになるのではないかと考えた。いわば序章は,本書の総論としたつもりである。
 各章を改めて通読すると,以下の4点に気づいた。これも私という臨床家を知っていただくための前書きとして記しておきたい。
 第1は,あの時やあそこで出会った,他科依頼の患者さんやご家族,そして医療スタッフ,企業心理相談での社員やその上司の顔つきや口吻までも,ありありと思い出された。時は過ぎ,その場でのやり取りの詳細は忘却していても,そのときの状況や相手の表情,態度,あるいは出会いの一言がくっきりと蘇ってくる。それと共に,患者の自殺に怯え,対応への心細さに胸が締めつけられたこと。スタッフから罵倒や排除されたこと。得意満面で言い過ぎて周囲を唖然とさせことなども,一緒に思い出し,胸の奥がきゅーっと痛んだり,赤面して思わず思い出を振り払おうとしたりもした。
 本年(平成19年3月31日)で,大学医学部総合病院での医療心理臨床家としての仕事に幕を下ろした。なんと数えてみると41年間も経っていた。序章で述べるように,この大学総合病院での医療領域での40年余りの経験を,私は主な心理臨床の活動の場としていた。専修大学文学部心理学科に異動(平成9年4月)するまで,入局からほぼ31年間は,無給助手および無給の非常勤講師というパートの臨床心理士であった。その間の良かったこと,楽しかったこと。つらくて,人知れず泣いたこと。屈辱で顔をしかめていたことなどを通して,医療心理臨床家としての経験を深め,技量習得や臨床心理士としての幅を広げていくことになった。したがって,本書の一章一章に,出会いと心理臨床の経験が溢れるように甦り,それらを記述できずに,わずかの経験にまとめたことに多少の苛立ちを覚えるほどであった。
 第2は,通読していてありがたいと思ったことは,ビオンの『Second Thoughts』ではないが,改めてもう一度,過去に出会ったクライエントやその家族,さらに医療スタッフや企業の担当者とのかかわりを,今の臨床家としての視点で眺めて検討ができたことである。確かに若く気負った姿勢もうかがえるが,今日でも頷ける穏当な意見や認識が語られていると思った。しかし,ここまで記述して,はたとビオンとは異なることを気づいて苦笑した。ビオンはこれから先を,さらに概念や理論化してその成果を世に問うている。一方今の私は,ほとんどその頃の医療心理学の実践の経験と認識,つまり“過去の成果と体験”だけで,現在の臨床をも行っているのではないかとの思いが立ち失笑したのである。
 ともかく,私の小さな感慨よりも,読者の皆さんが本書との出会いや語りを通して,何らかの示唆を得,臨床家としての新たな自分を見出すささやかな契機となることを願うばかりである。
 事例をたくさん提示したのは,私たち臨床心理士の仕事が,困られた人々の傍らに寄り添う仕事であるし,事例からすべてが始まることを意識してのことである。もちろん詳細な事例報告ばかりではない。私自身が与えられた臨床場面で,そのクライエントさんと出会い,ひとときを共有したことをエピソード的に示したものも,事例として含まれている。特に,病棟や職場で困ったクライエントさんをお願いしたいと,スタッフから提示されて,その縁で出会うことになった方々なので,一般的な心理療法のかかわりでは対応が困難な場合が多かった。そのような時に,困惑したり,立ち止まったり,幾ばくかの工夫をすることで,やっとその状況に目鼻をつけたことなども書き記したつもりである。
 願わくは,心理臨床の事例検討のすごさが,本書からも立ち現れることを願っている。つまり,心理臨床の事例検討のすごさは,医師の場合と異なるといわれる。医師の場合は,例えば婦人科の症例検討に,必要がなければ耳鼻科,歯科,整形外科などの医師が参加しても専門外の議論と映るであろう。しかし心理臨床の事例検討は,それとは趣を異にする。どの心理臨床の領域の事例を聞いても,その治療者あるいはコンサルタントと当該クライエントとのやり取りが,自分の今,関与している別な領域の内容も異なる,クライエントとの関係性や力動の理解に結びつくことができる。このように心理臨床の事例検討は,参加者すべてが,種々の思いを抱きながら聞くことができる点にすごさがある。そのように本書が機能するなら,望外の喜びである。
第3は,各章を読みながら,コンサルテーション・リエゾンといっても,ことさら難しい理論や実践を要求しているわけではないという思いを,改めて強くしたことである。確かに,私の臨床は精神分析を基盤とした医療心理学の応用なので,クライエントや他科依頼,職場心理相談でも,各々の問題点の背景に“無意識の,あるいは意図しない心の流れや関係性”に気づかされることが多い。つまり,医療スタッフや職場担当者が,問題行動と提示してくる,問題行動や病理を含む出来事の背後には,当事者にも気づかれていない無意識の感情が見出される。それは,当事者であるクライエントの心深く,しまい込まれている悲しみ,つらさ,苛立ち,憤り,怯え,怒りの諸感情である。このように記述すると,いかにもおどろおどろしい深層心理学の世界であって,うかがい知れないことをコンサルテーション・リエゾンの中で,医療心理学的に実践しているのだとの感を強くさせることになるだろう。
 しかし,本書を眺めてみると,読者の皆さんは,「うん,うん,そうだよね」とか「なーんだ。こんなことでいいのか」と余りにも,大仰に“問題患者”と提示されるが,絡まっている問題点は,実にシンプルなので少々唖然とされるかもしれない。また,“医療心理学実践の手引き”を期待されておられたのに,読み進めると余りにも常識的でびっくりと言うことになるかとも思う。
 読者の皆さんの感じる通り,無意識的なこころの世界といっても,本来は当該人物と環境が双方で,意図的で自覚的に対応していたら,同上の諸感情は心の深くにしまわれることなく,程よく解消されるべき感情体験だったのである。心理臨床や精神分析の理解と言っても,実は,率直で程よい生き方をされている,多くの市民の方々にとっては,自明の理として認識されていることである。
 それが例えば,医療を例にした場合,医療をあまりにも科学的であろうとするとか,あまりにも合理的であろうとするとか,さらに効率的であろうとすることで,科学的に望ましく,より経済性に努力すればするほど,本来医療や出会いの人間関係に備わっていた,その個人(患者,社員,クライエント,家族)の個別的な“物語り”が尊重されなくなる場合が多く認められるのである。つまり,医学という科学はあるが,医療に含まれている“人やこころが不在”となっているのである。そのような状況のなかで,患者と医療スタッフの食い違いが発生し,他科依頼やコンサルテーション・リエゾンの精神科医や臨床心理士の登場となるのである。したがって,程よく生きている読者にとっては,本書は常識的な実践書と映ることになろう。
 本書で述べようと思う医療心理学の実践は,このように,ことさら難しいことではない。コンサルテーション・リエゾンにあたる臨床家は,各種の臨床場面で仕事をする際,“郷に入ったら,郷に従え”の社会的な常識を身につけて,クライエント(患者)と医療スタッフおよび職場の担当者双方を理解するために,どのような位置取りや構造を考えるかは,小さい頃から身につけた対人関係のコミュニケーション能力の応用でもある。この機能は,家庭における程よい親子関係によって育まれた能力である。不幸にして,その能力に偏りがあれば,それを調整するのが個人分析であり,スーパーヴィジョンである。
 第4は,タイトルについてである。“医療心理学実践”はその通りなので,まあ良いかと認めていただけるであろう。しかし“手引き”の部分は,少々おこがましくないかとためらった。しかし,広辞苑で見てみると,手引きは“案内”とか“導き”などの意味であるという。その意味であれば,医療心理学を実践してきた臨床心理士として,ほぼ40年間の実績をもとに,ささやかな実践について書き留めた一部を上梓してもいいであろうと考えた次第である。
(……後略)

2007年9月