まえがき

 精神分析は,アナリストとアナリザントの心と心の緻密な交流実践の中で,両者,特にアナリザントが自らについて,またアナリストとの関係について新しいことを見出し(発見),それを十分に検討,学習することによって,新しい見方,理解,実践,即ち新しい生き方を身につけていくプロセスである。これは精神分析療法の用語を使えば,自覚と洞察,並びにワークスルーと実行を通しての変化ということになる。
 もし,専門家として精神分析療法を身につけていくわれわれの研修プロセスそのものを,本質的に精神分析のプロセスに近づけることができるならば,この方法は,説明を聞いてノートを取り,質問に答えてもらうという,いわゆる講義形式に比べて,はるかに有効であるに違いない。日曜セミナープログラムを作っていく時,私は基盤にこのような考えをもっていた。そして,小チームによるグループ研修を取り入れたのは,学習効果の向上ばかりでなく,人間の基本的条件であるグループ生活を,設定されたある条件のもとで,直接に体験・検討する能力の向上を目指したからである。個人をよりよく理解するためにも,グループの理解が大いに役に立つ。
 私が1996年に帰国した直後から始めた日曜セミナーは,生徒たちの熱心な参加に支えられて10年余り,通算100回を越えた。各会期毎に参加者の建設的批判を取り入れるように努め,プログラム自体も発見と検討と洞察を通して成長してきた。専門家としての参加者一人一人の成長にどれだけ役に立ったかは,われわれ自身の生活や臨床実践の中で評価していくことになるだろう。
 臨床は患者とセラピストの全人格的交流の中で起きているという観点から,一言追加しておきたい。[技法論]に含まれる15講は,臨床実践の中で結晶したそれぞれのテーマをめぐってまとめられているが,その中で扱われていることはテーマにうたわれていることだけでなく,人間の心の有様すべてを含んでいる。したがって,精神分析的接近の本質をなす「治療関係の中で発見,検討,洞察を十分に行う」という作業は,どの章を読んでも,症例について,また自分自身の研修体験についてもなされるに違いない。
 5年ほど前から,ケース・スーパーヴィジョンの中から精神分析的精神療法に最も基本的な事項を発見し,次回に理論的に討論,検討し統合する方式が現在まで行われている。読者の皆さんの本書を通じての研修体験がより統合されるように願っている。
 10年間にわたり営々と積み重ねてきたわれわれの研修内容を成書によってより広く分かち合いたいという希望が,参加者の間から起こったこともあり,今回の出版企画となった。
(……後略)

2007年6月30日  高橋哲郎