監訳者あとがき

 ここ10年前後の間に精神心理臨床(精神医学的治療と心理臨床とを併せてこのように呼ばせて頂く)の世界は大きく変わった。その変化を導いた要因のひとつはアディクション(嗜癖),特に物質乱用・依存への対応の重要性が認識されてきて,逆にこれが精神心理臨床のありかたにフィードバックされるようになったことである。うつ病,統合失調などにおけるクライアントパワーの重視やパーソナリティ障害に対する集団療法の活用などはその一部である。もう一つの要因として無視できないのは児童期のトラウマ(外傷体験)が成人の精神保健に及ぼす影響の深刻さがいよいよ明瞭になってきたことで,これもまた最近の精神心理臨床に変革をもたらしつつある。
 本書の冒頭部分にも述べられているように,アディクション関連の問題や児童虐待がらみの議論は伝統的な精神心理臨床とは違う場所で異なった人々によって論じられてきたきらいがあった。また,アディクション周辺の諸問題が児童虐待との関連で語られることも少なかった。これら3領域が相互交流的な問題として注目されるようになったのは,つい最近のことなのだ。
 この本の原著(Evans, K., & Sullivan, J.M. : Treating Addicted Survivors of Trauma. The Guilford Press)の刊行は1995年に遡るのだが,当時この本に接した監訳者は,その斬新さに驚かされた。上に述べた3領域の相互交流の動きをいち早く捉えていると感じたからである。
 物質乱用・依存の問題を家族という視点から見ると,嗜癖問題を抱えた夫婦の中で育つ子どもたちが,どのような影響を受けながら成長するかという,より広範な問題が見えてくる。ここからCOA(Child Of an Alcoholic)への注目という臨床スタイルが生まれるのだが,この考え方はすぐに以下の二つの疑問を呼び起こす。一つは,このような子どもたち,あるいはそうした子ども時代を経由して大人になった人々(AC : Adult Children)は,アルコール依存症を始めとする嗜癖問題家族に限られるのか,それともより広く,不適切な親子関係一般に見られる状況を嗜癖という限られた領域で捉えたに過ぎないのか,という疑問である。もしこれが親たちのわが子に対する無関心や身体的・性的・精神的な暴力の子どもたちの精神発達への影響ということにまで拡大できるとするなら,COAないしACの諸問題とは外傷体験後遺症,特に複雑性PTSD(配偶者虐待,児童虐待のような家族内で日常的に繰り返された虐待・無視などの影響下に発生した精神的身体的障害)の問題そのものではないかというのが第二の疑問である。
 私自身はというとACを嗜癖領域に固有の問題とは考えていない。そして嗜癖治療の領域でアダルト・チルドレンと呼ばれる人々が,外傷理論家たちによってアダルト・サバイバーと呼ばれていることに違和感を抱いていた。ひとつの事象に二つの呼称が付けられていたのは,それぞれの事象が注目されるに至った経緯の違い,主として担当する職種の違いによるものに過ぎないと考えていた。
 アルコール・薬物依存などの嗜癖問題が全米の関心を呼ぶようになったのはケネディ,ジョンソン両大統領の頃,つまり1960年代である。1970年代にはこれを家族システムの視点から見る人々が現れ始めていたのだが,そうした臨床の担い手はソシアルワーカーであった。これにリカバード(回復者)と呼ばれる元クライアントが合流した一種のムーブメント(市民運動)が生じて,この回復運動の中で,ACやco-dependence(共依存)という概念が勢いを持ったのである。私が精神科医という専門職に属しながら回復運動に関心を抱き続けてきたのは,たまたま嗜癖クライアントの治療を専門にしてきたからである。断酒会,AA,アラノンなどに参加することによって当事者による回復運動の「力」を実感できたことは私にとって幸運なことだった。
 一方,外傷理論の「復活」はベトナム戦争終結後の1960年代前半からである。「復活」と呼ばれるのは,外傷体験(大人による子どもへの性的誘惑)を「ヒステリーの起源」(1896年)としたジグムント・フロイトが,この誘惑説を自ら封じ込めたという経緯があったからである。ベトナム戦争における戦闘トラウマが主として若い男性の精神障害を惹起することが明らかになると,この障害はPTSD(外傷後ストレス障害)と呼ばれるようになり,1980年にはアメリカ精神医学会の診断・統計マニュアル第3版(DSM-Ⅲ)の中に独立した疾患単位として記載されるようになった。つまり,こちらの方は一見,精神科医たちに公認された障害になったかのように見えるわけだが,それはあくまで「生命の危険を覚えるような体験に遭遇した」という診断基準に合致したものについてのことである。生育過程における家族内の虐待被害体験といった事象に「複雑性PTSD」という独立した診断名を与えようという提案はDSM-Ⅳの草案作成過程で議論されたが結局は斥けられた。こうして実は外傷体験問題についても,その核心部分についてはアカデミックな精神医学からは無視され続けているに等しいのである。それでも家族内外の大人たちからの心身にわたる暴力や性的虐待の犠牲者たちを保護したり,回復を支援しようとする人々も次第に増えてきた。こうした支援者の一部は専門家たちだが,多くはいわゆるレイマン(非専門家)であり,かつての犠牲者たちの回復運動があちこちに見られるという点で嗜癖問題とトラウマ問題とは酷似しているのである。
 本書でサバイバーズと呼ばれているのはアダルト・チルドレン(本書ではCOA)である。それは周囲の大人たちからの虐待というトラウマの「プロセス(過程)」によってもたらされる「アウトカム(結末)」のひとつなのだが,アウトカムはもっとも軽症のCOAからもっとも重症のDID(解離性同一性障害)まで,〈COA→同一性障害→性的虐待サバイバー→BPD(境界性パーソナリティ障害)→DID〉のような「コンティニュアム(連続体)」を成していると原著者たちは説く。確かに最近の神経生理学は児童期のネグレクトや性的被害が脳梁,扁桃体,海馬などに及ぼす影響を指摘し,これら部位の損傷と解離性の健忘やフラッシュバックとの関連が注目されている。特に児童期性的虐待による扁桃体損傷と境界性パーソナリティ障害との関連は複数の研究者によって繰り返し指摘されており,従来PTSDとされてきたものとBPDとは脳神経系の損傷という視点からは一連続体と考えられるようになっている(友田明美:癒されない傷:児童虐待と傷ついていく脳.日本小児科学会雑誌,110 (6) ; 852-859, 2006)。
 BPDはその診断基準の一項目として嗜癖行動(物質乱用などの自己を傷つける可能性のある衝動行為)を含むので,アディクション臨床に携わる者にとっては避けて通れない治療対象だが,これと同種のemotional irregulation(情動調節不全)が,より軽度な形でCOAに見られるという指摘は言われてみればそのとおりのことである。
 こうして見るとアディクションとトラウマという二点を支えとするdual-diagnosis treatment(二重診断治療)という考え方は自然なものであり,われわれの臨床経験とも一致する。ただし私たちは,こうした個々の知見を包摂する一定の準拠枠を持たずにきた。本書はそうした包括的な治療プログラムの大胆な提案であり,ここからスタートすることによって得られるところはきわめて大きいと思う。

2007年9月27日 家族機能研究所にて  斎藤 学