はじめに

 相談室におけるカウンセラーとクライエント(来談者)との出会いの過程を,カウンセラーの視点から物語風に描いたもの,それが本書である。舞台は教育研究所(教育センター)の相談室,描かれている事例は,筆者の経験をもとにいくつかの事例を組み合わせたり,体験をもとに再構成したものである。実際の事例そのままのものは一つもない。
 本文はカウンセラーとクライエントとの会話の形で綴ってあるので,本書を一読していただけば,カウンセラーが何を感じ何を考えながら相談を行っているかが明らかになると思う。
 当時,勤務先の教育研究所の相談室を訪れる方の目的は,主として子どもの示すさまざまな問題の解決であった。「何とかして欲しい」という保護者からの訴えや,「どう対応すればよいのか」という教師からの相談が寄せられる。毎年,約600件の新しい相談があり,数人の相談員が延べ数千回の相談に応じていた。新しい相談が次々と持ち込まれ,一時は申し込んでから数カ月しないと相談が受けられないこともあった。
 カウンセリングは実施する機関により対象が異なるので,相談室の置かれた状況によって相談のあり方も異なってくる。教育センターの相談員(カウンセラー)は,一般には教員としての経験を積んだ指導主事,心理学を学んだ嘱託の相談員などで構成されている。いくつかの話の中で筆者と共に登場する相談員は,嘱託の方を想定している。両者の持ち味がうまく調和すると,クライエントに対する支援がスムーズに行われることになる。
 教育センターにおけるカウンセリングの過程を,カウンセラーの立場から捉えると次のような流れが考えられる。

①クライエントとの間に話しやすい関係を醸成する(人間関係の醸成)。
②クライエントの訴えを,そのまま受け止める(主訴の把握)。
③問題の状況を明らかにして,背後にある要因を推測する(心理アセスメント)。
④問題解決の手立てを考え実行する(仮説に基づく支援の実施)。
⑤支援の過程を振り返り,今後の見通しを立てる(支援結果の吟味)。

 一般的には,このように考えられるが,実際の相談はなかなかその通りにはならない。相談の途中で周囲の状況が変化することもあるし,専門機関への委託が必要になることもある。そのため,カウンセラーには常に相手に対する敏感さと状況に即した柔軟な対応が求められる。
 本書は,以前に出版した「相談室ものがたり」(日本文化科学社)に加筆・修正を施したものである。以前に執筆したものを読み返してみると,筆者が考えているカウンセリングのあり方が平易な文章で明確に記述されている。時代の変化に応じて用いられなくなった用語を訂正し,加筆することによって読んでいただけるものになると考えて刊行することにした。カウンセラーを目指している大学生・大学院生,各種の相談室で働いている相談員の方々だけでなく,カウンセリングに関心をもつ中学生・高校生や一般の方にも読んでいただきたいと考えている。

2008年1月   下司 昌一