あとがき

 「心理臨床と司法の協働について,これまでの総決算をしておかねば―」,そう思い立ったのは河合隼雄先生が亡くなられた日のことである。この日の午後早く,NHKに勤務する友人で,「NHKチャイルドライン」の時ディレクターをしておられた中根健さんから,河合先生の訃報を伝えられた。一昨年夏,脳梗塞で倒れられて以来,再起されることを祈念し続けてきたが,その思いは叶わなかった。
 河合先生が文化庁長官に就任される少し前,河合先生と小児科医の方,そして神谷の三人の鼎談を行う企画がもたらされたが,公務の多忙により,この企画は河合先生の長官退官後ということになり,私はその時の至るのを心待ちにしていた。
 鼎談が実現したら,あのことも話そう,このことも質問しようということが山ほどあった。本書第三章で触れた自立援助ホームについて,さらに具体的に述べ,河合先生のイメージされる「家出人の家」実現のお手伝いをしようとも考えていた。
 しかしその鼎談は実らなかった。
 その無念の思いを晴らすというと語弊があるが,私は,本書において,河合先生に聴いていただきたかったことを具体的に記した。本書執筆中,私はずっと河合先生と対話し続けてきたのである。文中の随所に河合先生とのエピソードが出てくるのは,その対話の一コマに他ならない。

 思えば,1999年の晩秋,私の生まれた横浜で日本臨床心理士会の10周年記念大会が盛大に開催され,河合先生は基調講演をなさった。この日,「臨床心理士に期待するもの」というテーマで,教育行政・医療・司法・教育の各界からのショートスピーチ(各20分)が行われたが,私は司法分野の代表ということで,それまでの実務経験の中から,心理臨床家と協働しなかったため食い止められなかった自殺のケース,協働しつつ事件を進めて依頼者が立ち直ったケースについて簡単に報告した。
 この日,開会前に控え室にお邪魔したところ,河合先生は名だたる心理臨床家の方々に私を引き合わせてくださったが,その時,「いつも神谷さんに弁護してもらっております」と,先生持ち前のユーモアを込めてご紹介いただいた。その時の情景が,昨日のことのように眼前に蘇る。
 本書に記した「心理臨床と司法の協働」の各ケースは,この日本臨床心理士会10周年のスピーチ以後の総決算である。

 また本書では,今まで余り述べる機会がなかった山本周五郎作品の「治癒力」についてもふれた。私は山本周五郎や藤沢周平の作品を愛読しているが,私のところに来る依頼者が小説を手がかりとして立ち直りの機縁を掴むとき,どうしたわけか,藤沢周平ではなく山本周五郎の作品が鍵になっている。私から見ると,藤沢周平の作品にも「治癒力」があると思われるのだが,この違いについてよくよく考えてみると,山本周五郎の作品の方が藤沢周平よりも「父性」が強い。この「父性」の強さは黒澤明監督の映画にもよく現れていて,山本周五郎と通底するところがある。このような共通性のゆえか,黒澤監督は,『赤ひげ』のほか,『どですかでん』,『椿三十郎』,『雨あがる』(脚本のみ)などの原作として山本周五郎作品を用いている。
 心の傷をもっている読者が山本周五郎の作品を読むと,作中,自分の言いたいことや,自分の思いがそのまま語られている場面に出くわす。そして,その苦しむ主人公の尊厳を滋味溢れる筆で,一文字,一文字,石碑に刻みつけるように綴られている。これによって,心に迷いを持つ読者は,自分自身の姿に気づかされ,立ち直りの道を歩み始めるのだと思われる。これはまさに「事実の治癒力」と同じ治療効果にほかならない。

 本書には河合先生だけでなく,灰谷健次郎さんへの追悼の思いも込められている。灰谷さんは河合先生より一足先に逝かれたが,私にとって大切な先人の一人である。本書最終章で述べた少年とのやりとりの際,「チューインガム一つ」を用いて少年に「授業」しようと思ったのは,林竹二先生と灰谷さんの『対談 教えることと学ぶこと』(小学館文庫)との出会いがきっかけだった。
 その後,灰谷さんは,河合先生と灰谷さんの編集による『学校のゆくえ』(岩波書店)に,一文を寄稿する機会を与えて下さった。
 その後,『天の瞳』の執筆中に,電話をかけてこられ,「今,中学生が警察に逮捕されかかる場面を書いているところです。作中で,警察は処分保留のまま主人公を釈放するという流れになりますが,現実に処分保留で釈放することがありますか?」と質問されたことがある。わたしは「あります」と答えたが,この時の電話で,『学校のゆくえ』のことと河合先生についてふれられ,「神谷さんが書かれた文,河合先生は大変面白く読まれたとのことですよ」と伝えてくださった。
 河合先生と灰谷さんと,今,幽冥境を異にするわが身ではあるが,今後もお二人との対話は続いていくことと思う。
 ことに,14歳未満の子どもを少年院送致にできるように「改正」がなされたことで,「児童福祉」と「司法福祉」の統合が少年審判において果たされなくてはならないことになった。ここで参考とすべきは灰谷さんの児童文学であり,そこから実務家が学ぶ必要性がこれまで以上に高まったものと言いうる。本書が,その注意喚起の一助となれば喜びこの上ない。
 ……(後略)

2008年1月   神谷信行