まえがき

 この度,金剛出版から『トラウマとPTSDの心理援助―心の傷に寄りそって』を筆者らの自作のDVD「こころの傷に寄りそって〜災害・被害のトラウマとこころのケア〜」を添付して発刊することになった。去る1995(平成7)年1月17日の早朝5時46分に兵庫県南東部地方を襲った阪神淡路大震災は,震源が淡路島北部,深さ16キロ,M7.3,震度7,死者6,434名,負傷者43,792名,建造物の全半壊460,356戸,被害総額9兆9,268億円(2007年10月現在)にのぼった我が国の災害史上,稀にみる激甚災害であった。この大震災で物的に失った物は極めて大きかったが,われわれは災害後の復興に向けた「人と人の出会いと絆」というかけがえのないものも巧まずして手に入れることができた。
 本書の執筆者のほとんどは,阪神淡路大震災で被災した臨床心理士たちであり,個人差はあるが,震災直後から教育・福祉・司法・産業領域で被災者の心のケアに当たってきた。そこから得た教訓は,大規模な自然災害や人為的災害に際しては,主にインドアにおいてマンツーマンで行われる従来のカウンセリングや心理療法ばかりではなく,被災地や事件・事故現場に直ちにおもむき,被災者や被害者の心に耳を傾け,寄り添いながら心のケアに当たるというアウトリーチの必要性というパラダイムシフトであった。
 2005(平成17)年1月,大震災から10年を迎えたのを期に,われわれは本書に添付した「こころの傷に寄りそって〜災害・被害のトラウマとこころのケア〜」を制作した。DVDの内容は,①被災者へのこころのケア活動,②災害・被害によるトラウマとこころへの影響,③災害・被害に対する危機対応と緊急支援の流れ,④ストレスマネジメントとカウンセリングなどである。
心の専門家である臨床心理士による災害,被害に対する緊急支援に関する論文や著書は阪神淡路大震災以降これまで多数発行されてきたが,DVDによるマニュアル本は皆無であった。このDVDを日本心理臨床学会や被害者支援全国研修会,学校臨床心理士全国研修会などにおいて公開したところ,幸いにも比較的好評を博し,もうすこし詳しい内容と打ち出し資料が欲しいという要望が多数よせられた。トラウマから生じるPTSD(外傷後ストレス障害)は,単に大地震・風水害・火災などの自然災害によって,生命の危機に瀕したときだけに生じるものではない。家庭でも学校でも社会生活のなかでも,人為的な災害によって人間の存在感が根底的に脅かされるような極限状態でも生じるものである。
 そこで本書ではこのような要望に応えるため,冒頭にトラウマとPTSDについて触れ,自然災害や人為的災害を問わず,どこで何が起こっても不思議ではない昨今の社会的情勢のなかで,日頃からストレス耐性を高めるための予防教育としてのストレスマネジメントと,その今日的課題について言及した。つづいて自然災害として,いまだ記憶に新しい阪神淡路大震災・新潟県中越大震災と心のケアの実際について記載することにした。
社会的なトラウマとして,犯罪事件では,犯罪被害とトラウマを,交通事故では宇和島えひめ丸事故やJR福知山線事故について述べ,そのほか性被害によるトラウマと癒しなどについても言及した。つぎに家庭的なトラウマとしては,児童虐待やDV(家庭内暴力)を,そして学校でのトラウマとしては,いじめによる不登校問題をあつかった。本書の終章としては,トラウマとセルフケアと題して自助グループへの臨床心理的支援をも俎上にのせた。
 本書を編集するに当たって留意した点は下記の通りである。
 ①視聴覚的に理解でき,専門家ばかりではなく被害者にも分かりやすいDVDを末尾に添付した。②本書は学会誌や専門書ではないので,一定の研究水準を維持しつつも,実践的な心理臨床業務に資する内容にした。③エビデンスとして実証的な図・表をできるだけ多く取り入れた。④各章・節にキーワードを3〜4個入れ,インデックス代わりに使用できるようにした。⑤個人情報保護を視野に入れながら,守秘義務を損なわない程度にアレンジした事例を多く採用した。⑥事例の分類と査定には主としてDSM-Ⅳ-TR(アメリカ精神医学会『精神疾患の分類と診断の手引き』)に依拠した。⑦初学者における臨床心理査定の参考に供するため,各種の心理テスト結果を挿入した。⑧一般読者が理解できるように,可能な限り平易な表現に努めた。⑨今後起こりうる他都道府県での災害援助に資するために,印税の一部は,被害者支援基金として兵庫県臨床心理士会に拠出することとした。
 今や心の専門家としての臨床心理士有資格者は,全国で15,097人を越え,臨床心理士養成のための指定校大学院は全国で146校に達している(2006年3月現在)。本書がこれら臨床心理士のためばかりではなく,教員,保育士,医師,看護師,精神保健福祉士,社会福祉士,介護福祉士,ケアマネージャー,ホームヘルパー,あるいは将来これらの職業を目指す人々のための緊急支援の指針の一つになれば幸いである。
……(後略)

2007年初冬 編著者代表 杉村 省吾