はじめに

 世界でもトップレベルの医療制度・技術を誇る日本の子どもたちは病気で死ぬことが激減している。しかし,一方で高度に発展した社会において,やわらかく,こわれやすい心と身体を持つ子ども,特に乳幼児は今日の社会や大人に自らの力で適応することが未熟でありながら,護るべき社会と大人に背を向けられ,攻撃されることすら多くなっている。そのようなわが国で,乳幼児を親や家族,地域とともに育て,護る存在として,看護職が重要な役割を果たさなければならない時代になった。看護職が独立してではなく,子どものまわりにいるすべての保健,医療,福祉,教育等の専門職,そして家族との連携・協力,すなわちパートナーシップによる支援が必要とされている。
 看護職はそうした役割を果たすのに最適の専門職である。妊娠,出産,育児と子どもの成長発達,成人期,老人期まで,生涯において関わりを持ち,しかも,病院だけでなく,あらゆる組織や地域に必ず存在する職種である。2006年における看護職総人口は126万87人で,その内訳は看護師(准看護師含む)人口は119万121人,保健師4万191人,助産師2万5,775人で,医師の27万371人の約4.5倍である。看護職者が医師やその他の関係専門職の人たちと連携・協力すると,子どもや家族を支援する力はさらに数十倍,数百倍に拡大することもできよう。
 そのためには,問題が大きくならない時期に発見し,乳幼児とその家族を支援することが望まれる。問題の発見と解決のための支援には,知識だけでなく,問題に気づく感性を必要とし,問題に関わり続けるための温かく,思いやりに満ちた,オープンな人間性と,スキルを必要とする。それは,これまでのように身体疾患だけを治療する視点からは得られず,かといって普段の生活から自然に育つ能力でもない。本書は,乳幼児の心と身体を理解し,さらに問題を持った乳幼児とその家族を支援する具体的な方法に重点を置き,乳幼児精神保健というわが国ではまだあまり看護職者には浸透していない概念の理解をはかりながら,看護的支援の方法を伝えたい。それは,看護職の人たちだけでなく,看護職と連携・協力する専門職にとっても有用なものである。
 本書で紹介される事例や看護・心理療法は,わが国に乳幼児精神保健という言葉が知られるようになる以前の実践も含まれている。しかし,それらの実践には乳幼児精神保健に必要な感性と温かさ,思いやり,オープンな人間性,関係性を育むスキル,そしてパートナーシップが示されていることに気づくと思う。今日,乳幼児精神保健という言葉と概念で説明されている多くの要素を含む古くて新しい支援でもある。欧米の理論と実践を,そうしたわが国特有の育児支援と融合することの可能性を示唆する内容でもある。私たちは,すでに豊かなこころと知の技と資源を持っていることに思いいたるだろう。こうした財産を無駄にすることなく,新たな乳幼児精神保健という概念と理論を用いて,看護学とその関連領域の専門職が母親および家族とのパートナーシップの中で効果的な育児支援を実践し,それを理論化するための手がかりとなるような本であることを意図した。
 なお本書は,著者らが翻訳したShirilla, JJ & Weatherston, DJ編著『乳幼児精神保健ケースブック――フライバーグの育児支援治療プログラム』の姉妹版ともいうべきもので,併せて読むことにより,理解を深めることができる。

   廣瀬たい子