はじめに

 この本は,2006年5月号から12回にわたり「臨床心理学」誌(金剛出版)に掲載された同名の連載「家族のための心理援助」から誕生しました。今回,新たに第13章を加筆して,一冊の単行本として世に送り出すことになりました。
 連載をお引き受けしたのは,ひとえに,金剛出版の名編集者でいらっしゃる山内俊介さんから耳に心地よいお奨めの言葉を頂戴し,その気にしていただいたことによります。12回もの連載をどのように展開できるかと戦々恐々としましたが,書き始めてみますと,家族の心理援助について書きたいことがいろいろに出てまいります。それでも適切な文章にして表現するのは大変な作業でしたが,やりがいをもって執筆を進めることができました。読み返してみると,妙に力んだ表現だったり読みづらい箇所がいくつも見つかるように感じます。改めて読者の皆さんのご批判をいただければと思います。
 本文中にも出てきますが,私は臨床を始めて以来,個人心理療法にずっと魅力を感じてきた人間です。自分の枠組みを広げたく,とりわけ家族の複雑さについてもっと理解できるようになりたいという思いから,三十代に入ってから家族療法を学び始めました。学び始めた当初は,研修の場で紹介されたものの見方や強調のされ方に抵抗を覚えたり,引っかかることが多々ありました。たくさん躓き,家族療法の治療仮説やねらい,効果について,納得して理解できるようになるまでに相当の紆余曲折を経る必要があったと感じています。このようなことが最初から分かっていれば違ったのではないかとか,こんな風に整理すればずっと手がけてきた個人療法との両立(統合)が早くから容易だったのではないかといった考えが伝えたいことの中心にあるようでした。これらの想いを基に,家族療法についてまとめ直してみました。
 私が家族療法を学び始めた時代には,研修の中で似たような疑問を覚え立ち止まった心理援助者が少なくなかったように思います。彼らの多くは,家族療法への関心を取り下げてゆきましたが,限られた学習経験から家族療法領域全体に近づき難い印象を抱いてしまったのは大変もったいないことだったろうと長らく感じてきました。家族療法と個人心理療法の間の溝は,2008年現在随分小さくなりましたが,今でも,わが国の臨床心理学においては,夫婦二人の面接をしたり家族合同面接を手がける人が十分にいるとはまだ決して言えません。私が1991年から数年間家族療法を学んだ米国では,事情が随分異なっていました。システミックな理解が専門家に広く共有され,セラピストは個人にも会えばカップルも会い,家族や関係者を集めた合同面接を,臨機応変に行っていました。異種の心理療法理論や面接形態を効果的に使い分けクライエントのユニークな問題に向き合っていると感じられました。面接構造を決定する選択肢が増えるとよいという考え,また,個人心理療法と家族療法のあいだの溝に不必要に囚われない専門家がもっと増えるとよいという想いが,本書執筆の出発点になっています。
 本書の特徴としては,以下の三点をあげることができます。
一点目の特徴は,個人心理療法と家族療法の比較を意識しながら書き綴ったことです。個人心理療法の経験をベースに家族の心理援助に進もうという読者にとっては,読みやすい家族療法の本なのではないかと思います。複数ある家族療法理論については,咀嚼し易さを考え,三つの視点に分類して紹介しました。
 特徴の二点目は,各章にできるだけ一つは,面接場面におけるやりとりを掲載したことです。私がご一緒した家族との経験をもとに,臨床的事実は変えずプライバシーが守られるよう,配慮を加えた会話に代えて掲載しました。逐語を読んでいただくのは,私自身の力みやくどくどしい箇所がみつかり,思わず割愛したりしたくなるような気恥ずかしいことですが,どうぞありのままにご批判いただければと思います。やりとりをそのまま提示するよさは確実にあります。面接の場の雰囲気をリアルに経験していただけること,ごく一部を示すだけなので,ご家族の承諾が格段と得られやすくなることなどがあがります。私という一人の心理援助者の実践録に過ぎませんが,家族療法の一端を味わってみてください。
 第三の特徴は,本書の結論的主張とも言える部分です。合同面接を手がけてみようと思っていただけるとよい,合同面接をお奨めしようという観点から書かれています。家族合同面接のプロセスを,開始期,展開期,介入と仕切り直し期,終結期というステージに分けて,各期の特徴と課題を紹介しました。思いがけずクライエントの父親が母親と一緒に来談したり,家族から問い合わせの連絡が入ったり等々,合同面接の好機がふと訪れることが最近では珍しくありません。機会を避けるより積極的に活かしてみようと,少しでも感じていただければ幸いです。逆に合同面接から余計に距離を取りたくなったとしたら,一重に私の表現力の問題と思います。ぜひ他の著者の家族療法論を紐解いてみていただければと思います。
 今日,社会における人間関係全般の希薄化という問題があるからでしょうか。家族にこそ分かって欲しい,受け止めてもらいたいという期待や,期待ゆえの失望感が嵩じて,現実の家族関係の調整が必要という状況が日本のさまざまな年齢層の家族に広く認められます。家族のための心理援助がさらに分かりやすい形で,異なるタイプの心理援助と齟齬なく手を繋ぎ得るものとして学ばれることに本書が少しでも貢献できれば,何よりうれしく感じられます。
……(後略)