編者あとがき

 本書は,一昨年から毎年出版しています精神分析的心理療法の実践を中軸にまとめた編集書「精神分析臨床シリーズ」の第3巻にあたります。ちなみに第4巻は,パーソナリティ障害をターゲットにしており,それが最終巻となります。
 このシリーズの第1巻は,鈴木智美と私による編集で「摂食障害の精神分析的アプローチ」と題して,精神分析的心理療法に基づいた臨床論文,看護,マネージメント,総説を収めました。第2巻は,病態としてのうつに焦点をあて,賀来博光と私の編集で「抑うつの精神分析的アプローチ」と題して同じ構成で出版しました。
 どちらの書も,形骸化していない真の治療を念頭に置いた極めて臨床実践的な内容に徹しているため,心理臨床家や精神科医,看護師,ソーシャルワーカーに好評を得ているようです。本シリーズが意図しているところをきちんと理解していただいていることとして,日頃その臨床を実践してきた著者たちは喜びを感じています。
 そして今回は,精神病の精神分析的心理療法に焦点をあてました。統合失調症や非定型精神病という重篤で困難な病に,精神分析的心理療法というアプローチが何をなしうるのかとの問いへの答え,そしてその確実な成果を,著者たちのことばで表現できたのではないかと思います。
 編者のひとり,東中園聡が論述のなかで述べていますように,残念ながら精神医学では,精神病と診断されると,“精神病では心理療法,精神療法は効果がない,マイナスになる”といった考えがますます拡大しているようです。精神病の治療に有効な薬物が出現してきているのは確かですが,目の前にこころを持つ精神病者がいるときに,「脳の病」と精神科医が片づけてすむのでしょうか。脳に投薬だけするために,その人は精神科医になったのでしょうか。「脳の病」のリハビリテーションをするために,その人は心理臨床家になったのでしょうか。
 その一方で,病者自身やその家族のニーズがあり,そしてみずからの意思としてこころに触れたいと志して,精神病の人たちとの面接を重ねている心理臨床家やソーシャルワーカーは増えてきているのではないかと思われます。しかしそれでも,その面接指針の見つからなさ,アプローチの難しさはそうした治療者たちを今日も悩ましています。
これまで精神病への心理療法を著した単著や複数の著者による精神病理は多く出版されていました。しかしウィルフレッド・ビオンの斬新な精神病理論と方法を生かした精神分析的アプローチが,数人の著者たちによってこのような形で発表されることは初めてのことです。そこには治療者独自の個性だけによる心理療法ではなく,多数の治療者が活用できる視点と技法が認められ,使用されています。ここに大きな意義があると私は感じています。
 本書は東中園聡と私が編纂しましたが,内容はそれぞれの著者が実践してきている日々の地道な臨床活動が生み出したものです。それぞれの著者が経験から学びました。これらの学びを,本書から読者が読み取り,みずからの臨床実践に生かし,そしてそこから新たに学ばれるとしたら何と素晴らしいことでしょう。それは決して夢に過ぎないのではないと私は思います。

2008年 小雨の麦秋の日に 松木邦裕