日本語版への序

 私の前書『子どもと若者のための認知行動療法ワークブック――上手に考え,気分はスッキリ』(下山晴彦監訳,金剛出版刊,原著:Think Good-Feel Good: A Cognitive Behaviour Therapy:Workbook for Children and Young People)は,2006年に日本で翻訳出版されました。光栄なことに,私は,同年10月に監訳者である東京大学の下山晴彦教授にご招待いただき,同書の出版記念のシンポジウムやワークショップに参加し,多くの専門家の方々と知り合うことができました。それを通して,同書の出版が日本国内の専門家に認知行動療法(CBT)を紹介する機会となるとともに,認知行動療法を子どもや若者に適用するにはどのようにしたらよいのかを考える出発点になったことを直接体験することができました。

 認知行動療法は,心理療法としては比較的新しい形態のものではありますが,すでにメンタルヘルスの問題への主要な介入法として,その地位を確かのものとしています。それは,認知行動療法が不安障害,恐怖症,抑うつ,強迫性障害,PTSDといった,児童期によく見られる多くの問題に有効な介入法であることが,綿密に計画された効果研究によって明らかになっているからです。
 認知行動療法は,明確で,検証可能な理論モデルに基づいています。その理論モデルとは,人がどのように考えるか,どのように感じるか,そして何をするのか,ということの関連に注目するものです。多くの場合,子どもや若者のメンタルヘルスの問題の要因として,偏った思い込みや役立たない考え方があることが分かっています。このような不適切な考え方は,不快な感情を引き起こします。その結果,彼らは,不快感情を減らすために回避や社会的引きこもり,あるいは自傷や強迫行動といった不適切な行動をとってしまうのです。認知行動療法は,彼らがより機能的で役立つ考え方をするのを助けます。つまり,不快な感情に適切に対処し,困難な状況に向き合うのに,より効果的な新しい方法を見出すのを援助するのです。

 本書は,前書で示した認知行動療法の実践的アイディアを有効に活用するために書かれたものです。認知行動療法は,下記の7つの特徴をもつプロセスを適切に実践してはじめて有効な結果を得ることができます。その7つの特徴は,それぞれの頭文字をとって順に並べるとことでPRECISEとしてまとめることができます。本書は,このPRECISEのプロセスを適切に実行していくための実践ガイドといえるものです。
 認知行動療法にあっては,セラピストだけでなく,クライエントも認知行動療法をどのように活用するのかということを理解する必要があります。そこで,まず,Pとして,“セラピスト”と“子ども”と“親”と間のパートナーシップ(Partnership)がすべての基盤となります。認知行動療法の活用の仕方は,このパートナーシップを通して伝達され,3者で共有されます。次に,Rとして,対象となっている子どもや若者の発達段階に適した(Right)ものに調整される必要があります。しかも,それは,Eとして,セラピストとの間の共感的(Empathic)な関係を通して提供されることも重要となります。また,Cとして,子どもや若者の関心に合わせて創造的(Creative)かつ柔軟に修正されることも必要です。Iとして,試行錯誤を通して新しいことを学ぶといった探索(Investigation)の態度も奨励されます。さらに,Sとして,子どもや若者の自己効力感(Self-efficacy)を高めるような仕方で実行されることも必要です。そして,それは,Eとして,子どもや若者にとって愉快で(Enjoyable)で楽しいものでなければなりません。

 下山研究室の皆さんが,日本の子どもや若者のための認知行動療法の適用の先駆者であり続けておられることを嬉しく思っています。下山晴彦教授による本書の翻訳が日本の専門家の認知行動療法のスキルの向上につながり,日本の子どもや若者の役に立つ心理援助がより広く用いられるようになることを願っています。

2008年6月 ポール・スタラード
Paul Stallard
英国バース大学児童と家庭のメンタルヘルス部門
教授・指導臨床心理士