訳者による本書の紹介

 本書は,題名から分かるように子どもと若者に認知行動療法を実施する際の手引書といえるものである。しかし,単なるマニュアル本ではない。認知行動療法は,世界的にみるならば,既に成人の心理的問題や精神障害に対する定番の介入法となっている。本書は,その認知行動療法を子どもや若者に適用するとは,どのようなことなのか,成人に適用する場合とはどのように異なっており,どのようなことに気をつけなければならないのかをわかりやすく解説し,その上で具体的にアセスメントや介入の技法について事例を引きながら説明を加えている。その点で本書は,極めて実践的な入門書である。
 子どもや若者が示す心理的問題は,増加し,また深刻化している。それにもかかわらず,子どもや若者を対象にした認知行動療法の本は,成人の認知行動療法の解説書は数多くみられるのに比較して非常に少なかった。それは,子どもは,認知行動療法で前提とされる自己モニタリングの能力に限界があったからである。本書は,子どもに適用された認知行動療法の臨床試験などの結果も参考にしながら,子どもの適用できる方法を具体的に提案している。その点で本書は,まさに世界の児童臨床の領域で待望されていた本である。
 著書のPaul Stallard氏は,現在英国バース大学の児童と家庭のメンタルヘルス部門の教授職にある。トラウマや慢性病を抱える子どもの心理援助と,その効果研究で数多くの論文があり,英国の臨床心理学では児童臨床のリーダー的存在である。2002年に本書と同じWiley社から出版された『Think Good-Feel Good; A Cognitive Behaviour Therapy Workbook for Children and Young People』は,英国でメンタルヘルス図書の出版賞を得ている。同書は,評者が邦訳し,2006年に金剛出版より『子どもと若者のための認知行動療法ワークブック』の題名で出版し,好評を博した。また,同年には評者の招きで来日し,ワークショップも開催しており,著者については日本でも知られる存在になりつつある。前書は,ワークブックと題されていることからもわかるように,どちらかというと集団を対象としたワークショップで利用するための資料集であった。それに対して本書は,個人を対象とする心理療法的介入を前提として全体の内容が構成されている。その点で本書は,前書に比較して臨床的活用が明確な目的となっている。
 それでは,目次に従って本書の内容を見ていくことにしよう。第1章では,子どもと若者の認知行動療法の要点に基づいて本書のアウトラインが概説される。ここで指摘される要点は,「子ども(若者)は認知行動療法に関わる準備ができているか」「子ども(若者)は,変わろうとする動機づけをもっているか」「どのようにフォーミュレーションを行うか」「フォーミュレーションはどのような枠組みを利用するか」「親は介入に参加するべきか」「親の参加の仕方によって違いは生じるか」「特定の障害に対してどのような要素を組み込むか」「どこから手をつけるか」「どうすれば子ども(若者)のパートナーになるのか」「どのようにリードすれば発見に導けるか」といった点である。次に第2章で,子ども(若者)の動機づけを高め,変化に向けての準備を促進するための方法が解説される。成人の場合,本人が治療に向けての動機づけをもって来談する。しかし,子ども(若者)は関係者に連れてこられるので,動機づけをどのように高めるかが重要なテーマとなる。そのための方法としてアセスメントの基準として変化の段階モデルと動機づけ面接の技法が紹介される。
 第3章では,問題のフォーミュレーションの方法が示される。具体的には,中核的思い込み,先入見,引き金となる出来事,自動思考,感情,行動を特定し,それらを組み合わせて問題を発現させ,維持させているメカニズムを明らかにする方法が解説される。続く第4章では,子ども(若者)が自分の考え,思い込み,先入見を見直して,新しい,よりバランスの取れた適応的な認知と認知プロセスを見出し,それを身に付けることに導く方法であるソクラテス的問答と帰納的推論が解説される。
 第5章では,子ども(若者)の問題の発現と維持に重大な影響を与える保護者(親)にどのように関わるかが解説される。子ども(若者)の認知行動療法における親の役割と参加形態はさまざまであるが,いずれの場合にも共通する点として「心理教育を用いて認知モデルを親に教え,問題を認知的観点から理解できるように促す」ことが示される。第6章では,認知行動療法のプロセスにおけるセラピストと子ども(若者)の関係がテーマとなる。そこでは,PRECISEの各文字を頭文字とする要素の重要性が指摘される。それらの要素として,パートナーシップの確立(P−Partnership),発達レベルを考慮すること(R−Right developmental level),子ども(若者)への共感をしめすこと(E−Empathy),認知行動療法の概念と方略を子ども特有の興味にあわせるように工夫する創造性(C―Creativity),子ども(若者)が自分の思い込みと先入見を見出し,行動実験によってそれを客観的に検証するように促す探索的態度(I―Investigation),子ども(若者)が自分の考えから解決策をみつけるよう奨励して自信をつけさせること(S−Self−discovery&efficacy),そして子ども(若者)の興味をひきつけるように楽しく介入を進めること(E―Enjoyable)がそれぞれ解説される。
 第7章では,年少の子どもに認知行動療法を適用する工夫(例えば,絵,漫画,クイズを利用するなど)が紹介される。次の第8章では,内在化した問題に対処するための認知行動療法の主要素として,第1段階で心理教育と問題の発現と維持を説明するフォーミュレーション,第2段階では具体的問題に対処するためのスキルと方略,第3段階ではさまざまな状況に共通して現われる認知の歪みと不適切な行動の発見と再評価,そして再発奉仕を指摘する。最後に,不安障害,抑うつ,強迫性障害,心的外傷後ストレス障害に対する標準的介入プログラムが紹介される。
ぜひとも,ご一読ください。

東京大学 臨床心理コース 下山晴彦