はじめに

 およそ精神科医とPTSD(外傷後ストレス障害)との出会い方には3つの場合がある。
 1つ目は肩すかしをくわされたように感じる場合である。
 たとえば甚大な自然災害が発生したため,意気込んで被災地での医療救援活動に出向き,さぞや急性ストレス障害やPTSDが多いであろうと身構えていると,そのようなケースは実際にはあまり目にすることがない。多いのは一過性の不眠や不安抑うつ反応,ストレスによる身体愁訴,あるいは元からの病的徴候の再燃や顕症化であったというような体験である。
 そうなるとPTSDなどという障害は,本当にあるのだろうかと疑念がわいてくる。あるいは日本でのPTSD概念はもっと広く解釈されてしかるべきではないかと,海外で作られた診断基準自体に疑義を感じてしまう。
 2つ目はいかがわしさを感じる場合である。
 たとえば最近の精神科臨床では,ある出来事が原因でPTSDになったと自ら強く訴えて受診する患者をときとして見受けることがある。しかもその目的は治療というよりむしろPTSDであることを証明して欲しいということらしく,ほとんどの場合損害賠償の請求や訴訟あるいは示談話がからんでいる。原因となった出来事はというと,客観的に見ればさほど深刻なものとは考えにくいこともあるし,あるいは訴えぶりが他罰的に過ぎるような印象を受けることもある。
 そうなるとPTSDなどというのは,言ってみればかつての賠償神経症ないしはパーソナリティー障害の類に近いものとしか思えなくなる。
 3つ目は正真正銘のPTSDの場合である。
 現代の日本においては,その多くは暴力や重度の事故の被害者である。患者を苦しめているその具体的な症状は驚くほどに共通しており,けっして誰かに教えられたり,本やウェブ記事を読んで知識を得たりしたわけではないのに,PTSD診断基準の症状項目にぴったりと当てはまるのである。
 筆者の場合は,通り魔傷害事件,重度交通事故,レイプ被害など,正真正銘のPTSD事例に早い時期に続けて出会ったことが,米国で誕生したPTSD概念に対する信頼を決定づけてくれたように思う。そして洋の東西の民族・文化の違いを越えて,わが国にもPTSDという心の障害が厳然として存在しているという確信にいたることができた。
 もしそうではなく,1つ目や2つ目のような場合だけであったならば,その後今日までPTSD研究を続けていることはなかったであろう。
 まことに研究にはきっかけとなる「縁」が大切なものだとつくづく思う。
 もう1つの大きな「縁」は,国際トラウマティック・ストレス学会(ISTSS)に参加したことである。これには多少の経緯がある。
 1997年秋に東京都精神医学総合研究所がPTSD国際シンポジウムを開催したが,筆者はそのプログラム委員長として中心的に企画に携わっていた。そのため前年の1996年,米国の国立PTSDセンターの最高責任者であり,当時ISTSSの会長であったマシュー・フリードマン博士と初めて連絡を取り,学会席上で相談する機会を得た。
 フリードマン博士は企画の趣旨をすぐに理解し,当時の代表的なPTSD臨床研究者の中からシンポジストを招聘する交渉の口利きをしていただいた。
 そのときのPTSD国際シンポジウムに海外から招聘したシンポジストは,マシュー・フリードマン,ボニー・グリーン,ジュディス・ハーマン,ディーン・キルパトリック,アレキサンダー・マクファーレン,ロバート・パイヌース,ベッセル・ヴァンダーコーク,ラース・ヴァイセットの8氏である。日本側のシンポジストは,安克昌,岡野憲一郎,太田保之,加藤寛,小西聖子,齋藤学,菅原圭悟,福西勇夫の8氏に筆者が加わった。
 このシンポジウムには予想を上回る参加申し込みがあり,PTSDに対する精神保健専門職の関心の高さに驚いたことを記憶している。
 当時は1995年の阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件からまだ間もない時期であり,PTSDに対する社会的関心が急速な広まりを見せてはいたが,そのような一時的な風潮にとどまらず,PTSDが1つの研究領域として育っていく予感を与えてくれた。
 2002年に発足した日本トラウマティック・ストレス学会(JSTSS)のその後の急速な発展ぶりなどを目にすると,予感はまさに的中した感がある。
 このようにPTSD国際シンポジウム開催をきっかけにISTSSと縁ができたことは,その後も個人的に大いに触発される機会を得ることにつながった。
 PTSDは社会性を色濃く帯びた障害である。純粋に保健医療や心理臨床としての関わりを越えて,そこには被害者や被災者がおり,加害者や過失責任者がおり,補償や司法の制度があり,公的および民間の援助諸組織がある。その中で常に問われることは,実用の学としての科学性・学術性と,社会的使命(ミッション性)とを,どのようにバランスを取りつつ融け合わせるかである。海外の研究者と交流し触発を受けたことは,必要なバランス感覚を磨く機会となってくれたように思える。
 はからずも諸縁に導かれるままにPTSD研究に携わってきたが,本書は,筆者のこれまでの約12年間にわたるPTSD研究の中から,自分なりに比較的重きを置いたテーマを中心にまとめ直したものである。
 あえて言うならば,この12年余の期間は日本のPTSD研究の草分けの時代でもあった。ということはつまり,本書の内容はそのまま日本におけるPTSD研究勃興期の記録の一端と言わせていただいてもお許していただけるかと思う。
……(後略)

2008年7月 飛鳥井 望