あとがきにかえて

 本書は、筆者が日々,診察室で悩みや症状を抱えた幅広い年代の子どもと家族から学びつつ考えたことをまとめたものである。診察室で朝から夕方まで過ごす凝集された時の流れの中で,特に理不尽な状況に押しつぶされかけながら,受診してくる方々との出会いには,人間の心の底力について深く考えさせられる。
 臨床35年目になる今,私には,「子育て」とは「子どもが親を育てること」に思える。子どもと日々誠実に向き合うことにより,予想外の思わぬ自分に出会いながら,人はより内省的に己を見つめ成長させられていく。個性的な資質の子どもとの生活において,親はなおさら子どもにより深く育てられることであろう。
 そのことを考えさせてくれるケースを紹介しよう。10歳のひろちゃんである。ひろちゃんは7年前,3歳で受診してきた時,精神科医からの紹介状には「自閉症。自宅で育てるのは無理な異常さ。施設を紹介して下さい」とあった。
 ひろちゃんはデリケートでシャープな感性の持ち主。診察室で初めて出会ってすぐに,気持ちが通いあい,この子は敏感な資質に苦しんではいても“異常”ではないと診断した。はっとするような優しさを示すひろちゃんは,純金のような柔らかい感性の持ち主。おそらく周りの対応は冷たく硬いダイアモンドのように感じられ,傷つくのであろう。言葉の遅いひろちゃんは,自分のつらさをうまく伝えられず,泣き喚き,暴れて噛み付くほかないようであった。これらはしかし,発達障害の徴候ではなかった。
 初診時の私の所見に母親はもの静かにうなずいた。「ひろの気持ちは,周りの人にはわからないのです。だから私が味方になってやらないと」。ご近所からもキレやすいおかしな子,と嫌われ,母子は孤立した日々を送っていた。「ひろは悪くないです。きつい言い方をされるのがいやなだけです。気持ちをわかってくれる人には穏やかです」と,母は冷静に観察し丁寧に応じていた。
 しかし敏感なひろちゃんとの生活は大変で,母親はしばしば胃潰瘍をわずらっていた。「大丈夫?」と私が案じると,母親は寂しそうに呟いた。「私は満身創痍です。敏感なひろはかっとなる。すると世間が冷たい目で非難する。ひろをかばう私は,背中に何本も槍をさされるのです。でもひろをわかってやれない時,ひろは裏切られた,というように怒る。そんな時ひろを抱きしめながら私は,前からも槍で刺されるのです」。
 このつらさを抱え続けながら,母親は粘り強くわが子とかかわりを深めていった。小学校に入り,友となぐりあいの喧嘩をして帰宅するひろちゃんを,母親は叱るかわりに,「どうしたの? ひろがなぐるには必ず訳があるでしょう?」とありのままを言っていいんだよ,という姿勢で,向き合い続けた。次第にひろちゃんは,学校であった一部始終を,そのまま母親に話すようになった。この丁寧なかかわりが積み重なるにつれ,ひろちゃんはかっとせずに,思ったことを言葉で上手に表現するようになった。
 小学4年生になったひろちゃんは,今見違えるように穏やかである。いろいろなお友達と穏やかに仲良く遊び,成績もよく,自然なふつうの子どもである。「この子を自閉症だなんて診断したお医者さんがいたんですよね」と母親は当時をふりかえり,静かに微笑む。
 誰にけなされようと,わが子を理解し続けたこの母親の地道な姿勢は見事であり,私はこの母親の子育ての原点を知りたかった。ある日私は尋ねた。「あなたの心には,きっといいお母さんが棲んでいるのね」。すると思いがけない言葉が返ってきた。
 「母には何もしてもらわなかったんです。母は私が12歳の時に亡くなりました。実は私は母にお弁当を作ってもらったことも,服を縫ってもらったこともないのです。全部小さい頃から自分でやりました。母は私を産んでからずっと産後うつ病で精神病院に入院していました。
 ものごころついて父につれられて母に会いにいく病院には,鉄格子があり,子どもごころに嫌でした。幼稚園のお昼には,私だけが菓子パンと牛乳でした。お弁当を作ってもらえない私に,幼稚園の先生はいつも冷やかだったのを覚えています。姉は成績もよく,先生や近所の人にほめられたけれど,私は暗く,できも悪く,無口でいつもいじめられていました。姉は近所のおばさんの前では私を可愛がり,家の中ではいじめました。私は小さい頃にみたくないものをたくさんみてしまい,人に期待もしないかわりに,恨みもしないようになりました。
 そんな私のよりどころは母でした。病院の母に会いにいくと,母はしずんでいる私に,『お前はお前でいいのだよ。お前にはお前のよさがあるのだよ』と優しく言ってくれました。何もしてくれない母だったけれど,母のこの言葉で私は救われ,生き延びることができました」
 この母親の話は,私には目から鱗であった。世間の一般通念からみれば悲惨な子ども時代である。世の中からはうつ病で育児放棄とみなされる実母を,女子であったこの母親は,かけがえのない実母として,寂しい時に一途に会いに行ったのである。そして限られた面会時間の中で,自分が母親に愛されていることをはっきりと確認し心に刻み込み,再び孤独な世界に戻っていったのである。
 子育ては子どもが親を育てる。育てにくいひろちゃんを育てながら,母親がさらに親として育てられたことは間違いない。しかしこの母親は小さい頃,自分の面倒を見てくれる母親は家にはおらず,子どもの自分は素手でありのまま生きるしかなかったのである。限られた時間の中で,寂しい自分としっかり向き合い,ありのままを肯定してくれた実母の,優しい声と眼差しを,母親は忘れることがない。
 この無口で寂しげな女の子は,精神病院の日常に沈殿していく実母を,母親として育てたのかもしれない。「あなたはあなたのよさがある」という実母の言葉を,心の中で抱きかかえながら,母親は,ひろちゃんとのつらい日々にも,ありのままを肯定し,かかわり続けることができたのであろう。この母親は子ども時代から,逆境の疎外感の中で,ありのままの自分と向き合い続けて育ち,うつ病の実母にも,異常といわれたわが子にも,深い共感を抱き続ける基盤をもてたのであろう。
 このような一人の無名の母親との交流から,私は生きた子育ての本質を無限に学ばせていただいている。あるべき姿やきれいごとの育児論では,掘り下げることのできない人間の底力を,逆境を素手で生き延びる子どもたちや親の中に見いだすのである。

 このたび世界乳幼児精神保健学会(World Association for Infant Mental Health: WAIMH)の,アジア初の第11回世界大会が横浜で開催されることになった。2008年8月1日から5日にわたり,みなとみらい「パシフィコ」で開催される。大会のテーマは,「赤ちゃんに乾杯!」Celebrating the Baby: Baby in Family and Cultureである。(http://www.waimh-japan.org/)。すべての人が赤ちゃんの時から祝福されるように願いながら,より豊かな子育て論を展開したい。)