あとがき

 本書は,『臨床心理学』(第6巻第1号(2006年1月)〜第8巻第2号(2008年3月))に,「発達障害児への心理的援助」として連載された14編の論文を編集したものである。各論文は,発達障害のある子どもや成人への理解と援助に携わっているわが国の代表的な心理臨床家や医師によって,現在の最も先進的な角度から論じられている。
それら各氏の論には,ここ10年にもならない間の「発達障害」に関する社会の大きな転換が反映されている。その転換は,たとえば,文部科学省が2001年から取り組み2007年にスタートさせた「特別支援教育」や,2005年に施行された「発達障害者支援法」,あるいは,2007年の厚生労働省における「子どもの心の診療医」養成に関する提言,「子どもの心の診療」関連医学会による「子どもの心の診療医専門研修会」の始まり等に代表して見られるところのものである。
 こうした転換が生み出されてきたのは,発達障害のある子どもや大人,家族,彼らを支える人々の強いニーズと働きかけがあったがゆえといえる。これらの人たちの力が,今では,彼らに関わる専門職の人々だけではなく,広く社会の人々をして,これまでになく前向きに発達障害に向き合わせているのである。こうした流れがさらに進展していくならば,発達障害のある子どもが二次的障害といわれていることがらに苦しむことは減り,自身を活かし成長させていきやすくなるだろうと思い,それを祈りたい。
 今日でも,発達障害の概念は,医療,教育,福祉のそれぞれにおいて少しずつ異なっているが,それでも,10数年前に比べると,その概念規定には客観的に実態を捉え反映させる努力がなされ,相互に重なり繋がるようになってきている。また,理解や援助の仕方においても,発達障害のある人々の立場に立って当の本人の役に立つということがなによりも重要視されるようになった。こうした変化は,本書の論文の随所に見られ,わが国で,自閉症の子どもの心理療法が始まった当初とは,格段の差があって非常に感慨深い。
 自閉症の子どもが,統合失調症の人生早期発病とは区別されて,新しい視点から特徴づけられのは,1943年に,アメリカの児童精神科医レオ・カナーが「早期幼児自閉症」を報告し,翌1944年に,オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーが,カナーとは独立に,「小児期の自閉的精神病質」を発表したことによる。日本では,1952年(昭和27年)に,名古屋大学精神科の鷲見たえ子医師が九州大学で開かれた第49回日本精神神経医学会総会で報告した「レオ・カナーのいわゆる早期幼年性自閉症の症例」がその最初であった。それを契機に,わが国でも自閉症の研究は盛んになったという。
 筆者が,自閉症の子どもと初めて出会ったのは,1967年(昭和42年)に,九州大学医学部小児科で行われていたプレイセラピーを手伝うようになったときであった。鷲見の報告から15年が経っていたが,当時の自閉症理解は,乳幼児期における親の愛情不足や育て方にその原因があるとする見方が中心的であった。たとえば,親の特徴として,両親とも高学歴で豊かな経済力を持ち,その性格は客観的で理性的ということが挙げられ,なかでも,母親の冷静さ・冷たさが問題とされることが多かった。
 筆者も,その例に漏れず,そういう理解を前提に母親と接していた。しかし,目の前の母親からは,理解しがたいわが子の行動に苦悩しながらも誰よりも可愛いと感じている様子や,全てを犠牲にしても何とか治してやりたいという熱意が伝わることがあり,原因とされている親の特徴とのギャップに戸惑うことがあった。戸惑いながらも,当時の主流の理論に沿って,子どもが自閉症になった原因と思われることを,目の前の親に探していたのである。
 1970年代に入って,日本でも,イギリスの児童精神科医マイケル・ラターらの主張する脳機能障害という考え方が認められるようになり,自閉症を発達障害の一つとする考え方へと変わっていった。そして,現在は,脳機能の障害とともに脳の器質性障害も指摘され,先天的な障害と捉える見方も出てきている。
 自閉症の子ども理解の変遷に見られるように,今では検証不足で偏った理論づけであったといえることが,過去には真剣に討議され実践に移されていたのである。ところで,現在の我々の,あるいはそれぞれの理論と援助法は,10年後にはどう展開しているだろうか。将来的にも役立ちうるには,心理的援助に携わる者が,発達障害のある子どもや大人,家族,関係者に対して,また社会に向けて,率直に情報公開をして客観的な仮説検証の作業を進めていくことが必要である。本書は,そうした意図のもとで,発達障害がある子どもの心理的援助について,その視点,理論,方法等の情報を提供している。発達障害がある子どもの援助のために,只今現在大いに役立つとともに,今後の発展にも寄与しうることを願ってやまない。
……(後略)

平成20年盛夏 窓の外の遠くに,花火をみながら 鶴 光代