監訳者あとがき

 本書は,Young, J.E., Klosko, J.S., & Weishaar, M.E.著“Schema Therapy: A Practitioner's Guide”(2003, Guilford Press)の全訳である。序章にもあるとおり,本書は1990年に発行されたYoung博士の“Cognitive Therapy for Personality Disorders: A Schema-Focused Approach”の大幅な改訂版である。筆者はちょうど1990年頃から認知療法や認知行動療法(以下,CBT)の勉強を始めたのだが,米国で出版されたCBTの文献やテキストを見ると,境界性パーソナリティ障害に対するCBTのアプローチとして,この1990年の著書が必ずといってよいほど参考文献として挙げられており,筆者もずっと興味を抱いていた。が,ひとえに筆者の怠慢な性格(本書のスキーマの分類でいうと「自制と自律の欠如スキーマ」「依存スキーマ」に該当すると思われる)のゆえ,「誰か翻訳してくれないかな」と思いつつ,そのまま放置してあった。それがこのたび縁あって本書を翻訳させていただくことになり,苦手な英語と奮闘しつつ読み始めたところ,このスキーマ療法なるものにすっかり魅了されてしまった。それは一言でいうと「CBTもここまで進化したのか!」という驚きと喜びである。
 そこでこの「監訳者あとがき」では本書の内容や構成を簡単に紹介した後,スキーマ療法の魅力について筆者なりにまとめてみようと思う。
本書の内容と構成
 本書は10の章で構成されているが,まず第1章ではスキーマ療法の理論的背景が詳述されている。Young博士の提唱する「早期不適応的スキーマ」という概念の理論的根拠やその妥当性,1990年の著書のどこがどう改訂されたか,スキーマ療法と他の療法(例:標準的なCBT,精神分析的アプローチ)や他の理論(例:アタッチメント理論)との共通点や相違点などが丁寧に述べられている。そしてYoung博士らが同定した18の早期不適応的スキーマ,スキーマ領域,スキーマの作用,コーピングスタイル,スキーマモード,治療的再養育法,共感的直面化といった主要な「スキーマ用語」について解説されている。読者の方々には,ぜひこの第1章をじっくりとお読みいただいたうえで,他の章に進んでいただくのが良いのではないかと思う。
 標準的なCBTと同様,スキーマ療法ではアセスメントと心理教育をしっかり行った後,治療的介入を行うが,第2章はスキーマ療法におけるアセスメントと心理教育について述べられている。第3章から第6章が,スキーマ療法における4大技法ともいえる認知的技法,体験的技法,行動的技法,対人関係的技法(治療関係の活用)の解説である。スキーマ療法はこの4つのうちのどれかを特に重視するのではなく,この4つをすべてバランスよく統合的に活用するところにその特徴がある。従来のCBTに,さらに体験的技法と治療関係を統合し,発展させているというのが筆者の印象である(従来のCBTが体験的技法や治療関係を軽視しているわけではないが,Young博士はそれを見事に系統立てて理論化している)。その意味では,スキーマ療法を実践するには,まず標準的なCBTを習得する必要があると思われる。事実,Young博士をはじめとする本書の著者はすべて,CBTのスペシャリストである。
 第7章では,Young博士が同定した18の「早期不適応的スキーマ」についてその特徴,治療的介入のポイント,トラブルシューティングなどがそれぞれ具体的に述べられている。第1章だけでは個々の早期不適応的スキーマのイメージが具体的につかみづらかった読者は,第1章の次にこの第7章を先に読み,その後第2章以降を読み進めるとよいかもしれない。
 ところで第1章によると,1990年度版のスキーマ療法と2003年度版(すなわち本書)のスキーマ療法との最大の相違点は,「スキーマモード」(以下「モード」と表記)という考え方および方法の有無であるという。「モード」とは,著者によれば「その時々にその人の中で活性化されている一連のスキーマおよびスキーマの作用」(第1章,第8章)のことである。スキーマがその人の中にある特性的な特徴であるとすれば,モードとはその時々のその人の一時的な状態を表す。もちろん「一時的」と言っても,それはその人がもともと有しているスキーマに大いに影響されている。しかし複数の早期不適応的スキーマを有する人が,その時にどのスキーマが活性化され,どのスキーマが活性化されないか,それは時と場合によってかなり異なる。「モード」という概念は,「時と場合によってかなり異なる」その人の状態を,特性的なスキーマにも関連させつつできるだけ正確に把握し,かつその時々の状態に合った介入を行おうとするために編み出されたものであると筆者は理解している。そしてこの「モード」の概念が,個々のクライアントを理解したり,その時々でさまざまな状態を示すクライアントに適切な対応をしたりするために,すこぶる役立つのではないかと筆者は考えている。本書の第8章では,この「モード」の概念が詳しく論じられている。特に目の前のクライアントの今現在のモードを同定し,そのモードに合わせてコミュニケーションや介入のあり方を変える「モードワーク」という考え方と手法は,筆者も現在部分的に試しているが,極めて有望な技法であると思われる。
 従来のCBTではパーソナリティの問題が潜在するような難しい事例に十分に対応できないというのが,Young博士がスキーマ療法を開発した大きな理由である。しかし1990年度版のスキーマ療法でも対応しきれないさらに難しい事例がある。そのような「困難事例」を扱うために,モードの概念が編み出され,モードワークという技法が発想されたのだという(「今・ここ」を重視するCBTで扱いきれない問題を,「過去」を含むスキーマの概念で焦点化しようとしたスキーマ療法が,モードワークを用いてふたたび「今・ここ」という視点を重視する,という流れは非常に興味深い。スキーマという「過去」がぶらさがっているのを意識しながら,「今・ここ」のモードを扱うそのやり方は,とても分厚いアプローチであると思う)。第9章,第10章では「困難事例」の代名詞ともいえる境界性パーソナリティ障害,自己愛性パーソナリティ障害がスキーマ療法の視点から概念化され,それらの障害に対するアプローチが,モードワークを中心に詳しく紹介されている。その意味では第9章,第10章を読むことで,読者は本書全体のおさらいをすることができるだろう。筆者は個人的には,自己愛性パーソナリティ障害をテーマとした第10章が非常に勉強になった。自己愛の問題を抱えるクライアントは,かつてより増えている印象がある。しかし境界性パーソナリティ障害に比べて自己愛性パーソナリティ障害に関する研究が乏しいこともあり,またもちろん筆者の力不足もあり,自己愛への臨床的接近の仕方がこれまで試行錯誤的で,いま一つぴんときていなかった。第10章を読むことで,自己愛性パーソナリティ障害を抱えるクライアントの心の痛みがどのようなものなのか,表向きには尊大で要求的な言動の背景にどのような認知や感情が布置されているのか,これまでよりずっと具体的なイメージが持てるようになった。それだけでも筆者は本書を翻訳してよかったと思っている(もちろんそれだけではないのだが)。
スキーマ療法の魅力
 スキーマ療法の第1の魅力は,言語的思考と同等,もしくはそれ以上にイメージを重視し,認知行動療法的なアプローチにおけるイメージの扱い方をシステマティックに示してくれていることである。それまでのCBTのテキストでイメージが扱われていなかったわけではないし,イメージの重要性は実際しばしば指摘されているが,それが技法としてうまく定式化されていなかったように思う。スキーマ療法では,いつ,何のために,どのようにしてイメージを扱うか,そのやり方が具体的に示されており,非常に参考になる。
 スキーマ療法の第2の魅力は,スキーマ用語を用いることで,セラピストが個々の事例において「自分たち(セラピストとクライアント)は今,何のために,何をやっているのか」ということを整理しやすくなることである。筆者もそうだが,現場にいる多くの臨床家は,実際には数多くの「困難事例」に遭遇していることだろう。症状に焦点化した従来のCBTのパッケージを適用できない事例の方が,現場ではむしろ多いものと思われる。そのような場合筆者は,「このクライアントにCBTを適用できるか否か」という問いではなく,「どのようにCBTを適用すれば,このクライアントの役に立てるだろうか」という問いを立て,CBTを行っている。そして個々の事例に合わせて,標準的なCBTをかなり「膨らませて」使っている。その「膨らませた」部分を説明するための概念を筆者はこれまでほとんど持っていなかったのだが,数々のスキーマ用語を手に入れた今,セラピストとしての自分の動きや事例のあり様を以前よりも系統立てて整理したり説明したりできるようになった。それは個々の事例をマネジメントする上で,非常に重要なことだと思う。
 スキーマ療法の第3の魅力は,やはり「モード」という概念だろう。著者が本書で繰り返し述べているとおり,特に境界性パーソナリティ障害(BPD)を有するクライアントは数多くの早期不適応的スキーマを有しており,どのスキーマが活性化されているかによって,そして活性化されているスキーマにどのコーピングスタイルが用いられているかによって,その時々のクライアントの状態が大きく左右されるという解説は,大いに納得できる。確かにBPD傾向を有するクライアントは,来談するたびに異なる様相を示し,その変化があまりにもめまぐるしかったり極端であったりするのに,セラピスト側が戸惑うことが少なくない。そのようなBPDの様相を理解するのに,モードの概念は大変有用である。これはセラピストにとって有用であるだけでなく,クライアントの自己理解にも有用であるという意味である。実際筆者は本書を翻訳中,あるBPDのクライアントに本書の話をし,モードの概念を伝えてみたところ,そのクライアントは大いに納得し,その時々の状況によって自分がさまざまなモードに陥ってしまうこと,それは自分でもコントロールできないことについて語ってくれた。その後,セッションでいささか不穏な状態になっても,それをセラピストにむき出しにするのではなく,「今,自分はどのモードに陥っているのか」ということを自問したりセラピストと一緒に考えたりすることができるようになった。このクライアントには,モードというたった一つの概念を伝えただけである。それでこの変化である。1つの事例を一般化しすぎるのも危険だが,セラピストやクライアントの理解を促進するために「モード」の概念を活用することに筆者は希望を見出している。
 また異なるモード同士に対話をさせる「モードワーク」という技法も非常に興味深い。これは主にゲシュタルト療法のエンプティ・チェアという技法と,スキーマ療法の「モード」の概念を組み合わせることによって考案されたものだが,スキーマ療法における4大技法(認知的,行動的,体験的,対人関係的)の効果を最大限に高めるために,極めて有用な技法であると思われる。たとえば筆者はかねてより認知再構成法という技法において,「もしその状況でそのような自動思考を抱いて苦しんでいるのが,あなたではなくあなたの大事なお友だちだったら,あなたはその友だちに対して,どのように声をかけてあげられますか?」「今タイムマシンに乗って,その状況に戻ったとします。その状況では,当時のあなたがそのような自動思考を抱いて,つらい思いをしています。今のあなたは,その当時のあなたに,何と言ってあげることができそうですか?」といった質問を使って,ロールプレイを行うことがある。その際筆者(セラピスト)が友人役もしくは「当時のクライアント」役を行い,クライアントが声をかける側の役を行う。このような設定のロールプレイをすることによって,クライアント自身が納得できるような新たな思考が生み出される可能性がぐんと高まる。本書を読んで,このようなロールプレイがかなり「モードワーク」的であり(筆者のやり方だと,クライアントは本書でいうところの【ヘルシーアダルトモード】を演じているということになろう),モードワーク的であるがゆえにさまざまな効果があるのだということが理解できた。
 本書の第4の魅力は,スキーマ療法における数々の概念(すなわち「スキーマ用語」)の使い勝手の良さである。スキーマ用語は,個別の症状だけではなく,自分自身について,そしてこれまでの自らの人生について包括的に理解したり語ったりするために有用なツールであると思われる。第1章で著者が述べているとおり,セラピーに訪れるのは第Ⅰ軸の症状を主訴とするクライアントだけではない。人生で何かがうまくいっていない,自分のことを好きになれない,自信が持てない,自分がどのような人間なのか知りたい,どうしても他者とうまくやっていけない,他者を信じることができない,これからどう生きていけばいいのかわかならい……など,個別の症状や問題に還元しきれない「何か」を訴えてセラピストを訪れるクライアントは少なくない。その「何か」とは何か,それを理解し,語り,他者と共有するために,早期不適応的スキーマ,条件的スキーマと無条件的スキーマ,スキーマの作用(「スキーマの持続」や「スキーマの修復」),コーピングスタイル(「スキーマへの服従」「スキーマの回避」「スキーマへの過剰補償」),コーピング反応,スキーマモード……といった数々のスキーマ用語をツールとして組み合わせて用いると,「ああ,なるほど,そういうことなのか」と腑に落ちるような体験がもたらされる。
 そのためにはぜひ読者の方々にはまずご自身の現在およびこれまでのあり様について,スキーマ用語を使って思いをめぐらせていただきたい。筆者は本書の翻訳中,このような内省的な作業をかなり面白がって行っていた(もちろんそれはただ面白いのではなく,痛みを伴う味わい深い面白さである)。本書の読者の大半は,「専門家」と呼ばれる方々であると思う。スキーマ療法を必要とするクライアントの中には,(やや大げさな言い方になってしまうが)セラピスト側が自らの存在を賭けて対峙しなければ対応できないような大きな問題を抱えている人も少なくない。そのような問題やそのような問題を抱えるクライアントに対峙することにより,セラピスト自身が「揺さぶられ」てしまうこともあるだろう(少なくとも筆者にはそのような体験が少なからずある)。そのようなとき,揺さぶられながらもその場に踏みとどまり,治療や援助を続けていくには,セラピストが自分自身をよりよく知り,「今・ここ」における自分の体験がどのようなものであるか理解できるようになっておく必要がある。そのためのツールとしてもスキーマ療法は大いに役立つと思われる。筆者の場合,ここでもモードの概念が役立った。さまざまな様相を示すクライアントに対応するなかで,筆者の中にもさまざまな「自分」が活性化される。その「自分」が何か,その「自分」はどこから来たのか,本書によって,それらの問いをモードの概念で理解しようという視点を持つことが多少なりともできるようになった。そのぶんほんのわずかだが,セラピストとして成長できたような気がする(と書いている今,筆者の中の【ヘルシーアダルトモード】が「本当にそうかしら?」「“成長”だなんて,そんなおこがましいことを書いちゃっていいの?」という疑問を投げかけてきた)。
 自分の体験に対し,スキーマ用語,すなわちスキーマ療法におけるさまざまな概念を適用するというのはすべて,スキーマ療法の理論に沿ってある種の「仮説」を生成する作業である。豊かに生成された「仮説」はあたかも一つの「物語」のようである。心理療法にとって重要なのは,当事者が自分にぴったりとくる「仮説」すなわち「物語」を見つけることだと筆者は考えている。症状や問題を改善するために治療的介入を行うこと,すなわち「物語の書き換え」ももちろん重要だが,それは今,ここにどのような「物語」が書かれてあるのか,それを理解できない限り不可能である。そして今ここにある自分の中にどのような「物語」が書かれてあるのか,実感を持ってそれを理解できれば,それだけで救われる人もいるだろう。筆者は,スキーマ療法における数々のスキーマ用語が,セラピストがセラピスト自身の物語を理解するために,そしてクライアントがクライアント自身の物語をセラピストと共に理解しするために,大いに役立つだろうと信じている。
その他つれづれに
 スキーマ療法における重要な対人関係技法の一つである「治療的再養育法」の原語は,「limited reparenting」である。単語に忠実に訳すと「制限的再養育法」といった語が適切なのかもしれないが,さんざん迷った挙句,あえて本技法のエッセンスを活かすため,「治療的再養育法」という語をあてはめてみた。が,これでよかったのかどうか,今でも迷っている。読者のご批判を仰ぎたい。
 ……(後略)

2008年7月吉日 伊藤絵美