あとがき

 滝川一廣先生が私について「おうかがいしたことはなかったけれど,私の勘では心理臨床の世界からすっぱり足をあらわれるのではないかという気がしていた。……」とお書き下さった(村瀬嘉代子他著,滝川一廣,青木省三編(2006)心理臨床の営み.金剛出版)。どきりとした。秘かに長らく思い定めてきたことが的確に言葉にされていたので……。2006年春に,定年退職する予定が,はからずもいわばロスタイムというか今日まで仕事を続けさせて戴いているのだが……。この書のはしがきに私はその時の気持ちをこう記している。「限りある時間である。サッカーのロスタイムに見苦しいプレーをするようであってはならない。控えめに辨えて,しかし必要な責任は果たせるようでありたい,と静かに思う。」今も同様に考えている。

 本書の内容の多くは,過去数年間に書いたりお話ししたものに加筆したものである。若いときには漠然と,人は誰しも年をとれば会得した知見や確かめられた自分の方法論を手中にできるようになるものであろうと考えていた。ところが経験や知識が増え,考えることを継続していくと,何処までが分かって,今はどういう地点にいて,何が課題か,ということはある程度見えるようになるけれど,課題は行く手に途方もなく大きくあるということが実感されるようになった。エビデンスとナラティヴ,量的研究と質的研究,臨床実践と研究の関係など,時折二項対立的に捉えられがちであることは必ずしもそうではないのではないか,と考えるようになった。これらは裏打ちしあうもののはずである。臨床実践や研究の質がよいとはどういうことか,そして研究や実践をしている当事者である自己をどう捉えるのか,その特質を他者と共有できるように,公共性のある,しかも個性記述的に表現することはどうしたら可能になるのか,これについて考えると道は遠い。
 近年,研究法,とりわけ質的研究についてはいろいろ検討されるようになっている。ただ,すべての文献を渉猟し尽くしたわけではないが,前述したような私の問題意識に対する明確な答えはまだ示されてはいないように思う。これには多次元にわたる要因が輻輳し,きわめて難しい課題ではあるが……。日ぐれて道遠し,という感慨ひとしおである。

 本書の書名は,私が折々に求められて書き,本人が忘れているものにも常に注目して保管して下さっている,さらには次の思索の展開を促すような示唆を折にふれて下さる本書の編集者,立石正信氏が考えて下さったものである。思えば,心理臨床の場や対象として私の出会う人々や課題はずいぶんと広がり,変化してきたが,何時も基底に障害は生涯にわたって残っても,あるいは疾病は完全に治癒し得なくても,そういう条件を抱えて少しでも生きやすくなるにはどうするか,クライエントの抱える問題の焦点を的確に捉えることと同時に,その『生活』のあり方を時間軸と空間軸の中で捉えること,全体的視野をもって捉えることが生きにくさを和らげるのに有意味だと考え実践してきた。それを立石氏は「生活事象」という言葉ですくい取られたのである。クライエントとの臨床の営みを通して学ぶことが中心であることは事実であるが,私は編集者との対話によって,多く気づきそして考える契機を戴いてきた。本当に有り難く思う。そして,今また,新進の編集者,熊谷倫子氏には冗長に過ぎる講演原稿の再構成を手伝って下さったり,その他こまやかな配慮を戴いた。ここに記して感謝したい。

 さて,本書の装丁に立石氏は東山魁夷画伯の『道』を選んで下さった。面はゆくおこがましく思われたが,東山画伯の作品を管理されるご親族の方は私の文にお目通し下さってご理解下さり,この絵を収蔵している東京国立近代美術館共々,カヴァーに使用することをご快諾下さった,という。装丁にこのような破格のご好意を戴けたことをはじめ,そもそも私のこれまでの心理臨床の実践と研究,教育などの営みは,私一人で成り立ち得たことではない。お名前を一人ずつあげることはできないが多くの先達,同僚,志を同じくする若い方々の支えがあって,漸く可能となったことである。改めて深謝したい。

 かつて,私が携わってきた思春期や青年期の人々への居場所つくりと育ち直りのための通所施設での実践や児童福祉施設での実践,フィールドワーク研究を「臨床心理学の枠を超えている……何と評してよいか」と評されたが,私は自身でも責任,見通しのない試みを自制して,仕事についた遠い昔から折々に立ち止まって自分の営為が責任のとれない逸脱したものでないかを迷いつつも振り返ってきた。

 そして,そのような折,何かスマートな方法をという考えがふと念頭に浮かびかけるとき「心理臨床の営みとは人が生きる上での苦悩や困難があって成り立っていること」を思い出し,自分の行動を選びとる支えにしてきた。心理臨床の営みには不断に続く研鑽が求められている。今,東山魁夷画伯がこの『道』という作品について記されている言葉がなんともしみじみと響いてくるのである。

 「遙かに続いている野末の道,青森県種差海岸の道です。この道一本だけで絵にすることを初めは危惧しましたが,コツコツと積み重ねるような描き方で仕上げてゆきました。……(中略)道と周囲の草叢だけに省略して,夏の早晨の空気の中に描いたのです。この作品の象徴する世界は私にとって遍歴の果てでもあり,また,新しく始まる道でもあります。それは絶望と希望の織り交ぜられたものであります。」(「私の作品」『三彩』(臨時増刊)106号,1958年9月)

 読者の方々がご自身の道を歩まれるのに,このささやかな一書がわずかでもお役にたてていただけることがあるとしたら,本当に有り難く思う……。

平成20年 盛夏に 村瀬嘉代子