序  文

マイケル・J・マホーニー

 心理療法は変化している。このことは,今日,ほとんど説明を要さないように思われる。われわれは変化の時代に生きているのである。われわれの大多数は,現代の生活上のさまざまな問題で手一杯であるため,生活の変化の早さとその広がりについて,立ち止まって考えることはほとんどない。驚くべき具体例がある。19世紀の平均的な人は,生を受け,およそ60年の一生を過ごし,半径約13km以内で死んだ。13kmといえば,今日では,通勤するにも短い距離であるように思える。さらに,21世紀の平均的な人は,その人のいかなる先祖よりも移動する範囲が増えるだけでなく,地球上にいる他の仲間との交流が格段に増加する,と予測されている。コミュニケーション技術の急速な発展をみると,われわれの子孫が1日に交流する人数が,かつて先祖が一生涯のうちに出会った人数よりも多くなると考えても差し支えないだろう。今日の世界の変化の早さや,その世界の中での個人のアイデンティティと社会参加がみせる複雑な様相は,人類史において未曾有のことである。
 心理療法もまた,未曾有の変化の中にある。20世紀の前半では,メンタルヘルスへのアプローチは比較的少なかった。20世紀の終わりが近づくと,数百種類の心理療法ができた。しかしながら,このような心理療法の分化と並行して,統合の兆しも現れてきた。従来は対立してきた学派の心理療法家が,それぞれの相違点だけでなく共通点についても建設的な対話を始めた。人生のカウンセリングに関して,どの学派が唯一の正しいアプローチであるか,あるいは最も優れているかといった思想上の論争が,理解と実践のための真の協力と改善に向けた作業へと変わった。注目すべき発展の時代である。
 本書は,認知行動療法や構成主義心理療法と呼ばれるようになったアプローチの近年の発展に焦点を当てたものである。これらの心理療法の概念および実践のルーツは,19世紀(あるいは古典哲学)までさかのぼることができるが,それが思想的体系として認識され,普及したのは1950年代以降である。1955年前後に起こった認知革命は,過去への回帰以上のものであった。しかし,諸学説の発展に触発され,当時の科学界(心理学に限らず)で広がり始めたものは,まだまだ今日とは似ても似つかないものに過ぎなかった。
 1969年,大学院生だった私は,心理学におけるさまざまな分野の発展の現状を調べるセミナーを受講した。受講生は,現代の心理学において認められているトピックについての期末レポートを書かなければならなかった。そこで私は,「行動変容についての情報処理論的分析」という題目の研究計画書を提出した。だが,その計画書は却下され,愕然とした。その分析がどのようなものであれ,それを「支持」する十分な情報がないというのが理由だった。レポートは,何か他のもう忘れたテーマで書いたが,そのもともと書きたかった方向性への興味は捨てなかった。その5年後,『認知と行動変容』いう本を出版した。それから20年経った現在(訳者注:1995年当時),認知と心理療法との関係についての情報量は,個人レベルでは理解できないほどに膨れ上がり,いうまでもなく,報告書などで書けるものではなくなっている。今日では,認知科学と臨床実践とは,それぞれのさらなる発展のためにも,なくてはならないパートナーとして認識されている。
 1991年に,ラリー・E・ビュートラー(Larry E. Beutler)博士から私に,Journal of Consulting and Clinical Psychologyで,「認知的心理療法と構成主義心理療法における近年の発展」というテーマの特集号を組んでくれないかという依頼がきた。それは,同領域の他の研究者と協力して,このようなアプローチの過去・現在・未来を展望できる,ありがたい申し出であった。本書は,そのプロジェクトから生まれた創造的な成果である。本書のうちの7章は,もともと,その雑誌の特集号に収録された論考である。残りの5章は,本書のために書かれたものであり,再録ではない。
 第1部は,認知行動療法と構成主義心理療法の理論的発展に関する私自身の見方で幕を開ける(第1章)。次の六つの主要なテーマが議論されている。①認識における合理主義と構成主義の理論の相違,②セラピーにおける社会的・生物的・身体的プロセスについての近年の評価,③無意識的プロセスの役割の重要性に関する認識の高まり,④生涯のパーソナリティ発達における自己組織化プロセスへの関心の高まり,⑤セラピーにおける情動性への着目と体験的技法の利用に転換する近年の動向,⑥心理療法の統合の動向における認知行動療法家と構成主義心理療法家の関わり。
 第2章では,ドナルド・マイケンバウム(Donald Meichenbaum)が認知行動変容の過去と未来を分析している。行動変容における認知の役割を説明するために用いられてきた,①条件づけ,②情報処理,③ナラティヴの構築,という三つのメタファーが探究されている。マイケンバウムは,この分野のさらなる発展のため,ナラティヴのメタファーがもつ重要な理論的・実践的示唆を展望して締めくくっている。
 第2部が扱っているのは,認知療法である。アーロン・T・ベック(Aaron T. Beck)は,このアプローチの原点を振り返り,その発展の軌跡と心理療法の一体系としての円熟を綴っている(第3章)。認知療法の臨床的・実践的な効用についての幅広いデータが多く引用されている。このような認知療法の臨床応用とそのメカニズムに関して,クリーヴ・J・ロビンス(Clive J. Robins)とエイデル・M・ヘイズ(Adele M. Hayes)が批判的に検討している(第4章)。認知療法の近年の発展では,①「中核」と「周辺」のスキーマの区別,②スキーマに関係する事柄を回避する防衛プロセスへの評価,③治療関係と対人関係一般の強調,④認知スキーマの同定と変容のための情動的喚起の役割の強調,⑤不適応なスキーマの発現に影響を与えるような発達上の経験の探索の強調,がなされている。
 第3部が扱っているのは,論理情動療法(RET)である。アルバート・エリス(Albert Ellis)は,確かに,「不可能な課題を行うこと,すなわち,数ページでRETの発展を展望し,RETの今日について意見を述べ,その将来的な方向性について言及すること」から始めている(第5章)。彼は,1955年の段階の初期のRETが,「きわめて認知的であり,主に実証主義的であり,非常に積極的−指示的」であったと説明している。また,その分野の後の発展によって,エリスがより構成主義的で感情重視の方向に向かい,一般的RETと「選択的」RETという区別を設けたことに言及している。第6章では,デービッド・A・F・ハーガ(David A. F. Haaga)とジェラルド・C・デビソン(Gerald C. Davison)が,RETの理論的・実証的な基盤を細かく検討している。メタ分析を用いた展望は,RETが全般的に有用であることを支持しているが,質的分析による展望を行うと,公刊されているほとんどの研究の内的および外的妥当性が疑問視されると述べている。今後は,総合的な治療パッケージとしてのRETの長所を研究するよりも,特定の状況における限定的な治療方略を検討することによって,さらなる進展がみられるであろう,と結論づけている。
 第4部は,構成主義心理療法を扱っている。ヴィットリオ・F・グイダーノ(Vittorio F. Guidano)は,人間の認識プロセスに関して構成主義的な概説を行っている(第7章)。構成主義の観点からすると,認識とは進化的なプロセスであり,そこでは能動的で,大部分は暗黙的な自己組織化プロセスが広範囲にわたって作用していると考えられる。彼は,ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)のアタッチメント理論が,ダイナミックで再組織化される自己認識の発達を理解し,促進するための統合的なパラダイムになると提案している。このようなテーマは,私自身とH・マーティン・ミラー(H. Martin Miller)およびジャンピエロ・アルシエロ(Giampiero Arciero)も強調し,また詳細に論じている(第8章)。そこでは,構成主義の見方について,次の三つの特徴が挙げられている。①認識における能動的プロセスの強調,②中核を形成するシステム構造(「深層」構造と「表層」構造)の評価,③システムの維持と発達における自己組織化プロセスの広範な役割。記憶と心的表象を表す貯蔵のメタファーについて議論し,構成主義的なアプローチが情報処理論的モデルよりも,将来性があることが主張されている。
 ケネス・W・スーウェル(Kenneth W. Sewell)は,ジョージ・ケリー(George Kelly)のパーソナル・コンストラクト理論の主な論点を要約し,認知と感情との区別に関するケリーの見方について議論している(第9章)。彼は,感情障害と診断された成人とそうでない成人のコンストラクト・システムの違いを示す研究から,臨床実践上の示唆を導き出している。第10章では,オスカー・F・ゴンサルベス(Óscar F. Gonçalves)が,人間の認識プロセスのナラティヴ・モデルを案出し,認知的ナラティヴセラピーの概観をしている。彼は事例を用いて,そのようなセラピーにおける5段階を説明している。つまり,①個人的な物語の想起,②プロセスの客観視,③プロセスの主観視,④物語の隠喩化,⑤物語を思い描くこと,である。第4部は,ロバート・A・ニーマイアー(Robert A. Neimeyer)による構成主義心理療法の評価によって締めくくられている(第11章)。彼は,構成主義的なアプローチに適合する最近の心理療法の研究動向を展望し,それが心理療法における理論と技法の双方の洗練化と多様化,また拡大化を表していると結論している。第12章では,認知行動療法と構成主義心理療法に関する背景や課題についての,私個人の意見を述べて,本書を締めくくっている。