監訳者まえがき

 ギル(Merton Gill)は名著“Analysis of Transference Volume I. Theory and Technique. International Universities Press, 1982.”(神田橋條治,溝口純二訳『転移分析―理論と技法』金剛出版,2006)の著者として,すでによく知られている。その中でギルは,転移は患者が過去に基づいて現在を歪曲したものではなく,「いま−ここ」の分析状況に対するもっともな反応に基づくものだとし,転移をもっぱら患者の内界の産物とのみ見るのではなく,そこに分析家の寄与があることを主張している。そこには欲動論に基づく一者心理学から,関係を重視する二者心理学へとギルが踏み出していることが示されている。
 本書『精神分析の変遷―私の見解』(Psychoanalysis in Transition−a Personal View. The Analytic Press, 1994.)は,ギルが前著からさらに一歩を踏み出し,内的なものと外的なもの,一者心理学と二者心理学,中立性,自由連想といった精神分析の基本的概念や考え方について,その歴史や現況を展望しつつギル自身の見解を述べたもので,ギルが晩年に到達した思想が示されている。すなわち,精神分析は分析家と被分析者(患者)の双方がそこに参加する過程であって,そこで患者に生じることは決して患者個人の内部からのみ生じることではなく,そこに分析家の寄与が必ず含まれている。たとえ分析家が沈黙しているときでも,患者はその沈黙の意味をさまざまに体験するので,分析家の沈黙は決して分析家が何もしていないということではないという。要するにギルは分析状況を患者と分析家の両者が形成する場ととらえようとしている。自我心理学に出発しつつ,対人関係学派との交流をもったギルにしてはじめて可能な到達点だったのであろう。
 ただ,筆者のように,精神療法は治療者と患者二人の関係であって,そこで何が生じるかは双方に責任があり,それを共同で吟味することが重要だと考える者にとっては,ギルの主張はごく当然のことのようにも聞こえる。精神分析がその成熟にともなって常識に近づいたと言えるかもしれない。
 ただし,この「常識」を語るギルの論述はおそろしく精緻である。ギルは精神分析の歴史を展望し,学派や研究者間の異同を論じ,それらを踏まえて自らの見解を主張する。そしてその主張は,治療の実践家なら当然のことかもしれないが決して教条的ではなく,きわめて柔軟であり,ときには葛藤をはらんでいる。読者はギルに導かれて,単に整理された考えを受け取るのではなく,さまざまな考えの間をゆれ動き,いつのまにかギルとともに自分自身が考えていることに気づかされるであろう。
 翻訳の担当についてふれておく。序文から第6章までを加藤洋子氏が,第7章以降を杉村共英氏が訳し,私がその訳文を原文と対照しつつ検討,改稿し,訳語や文体の統一にも努めた。訳文は私と二人の訳者との間を何度も往復し,本訳書ができ上った。両訳者は力動的精神療法を学び実践しつつある気鋭の精神科医であるが,二人とも翻訳の過程でギルに惹かれていったようである。とくに杉村氏の傾倒ぶりは「訳者あとがき」によくあらわれている。読者にもギルの魅力が伝わればうれしい。
……(後略)

平成20年7月4日 梅雨の晴れ間に 成田善弘