訳者あとがき

 本書は,Bala Jaison博士の“Integrating Experiential and Brief Therapy: How to Do Deep Therapy - Briefly and How to Do Brief Therapy - Deeply: A Guide for Therapists, Counselors and Clients. Second Edition”(2007)の日本語訳である。
 原題の直訳は「体験的療法とブリーフセラピーを統合する:深いセラピーを短く,短いセラピーを深くするやり方:セラピストとカウンセラーとクライエントのための手引き,第2版」である。日本語版の題名を『解決指向フォーカシング療法』としたのは,本書の中でも触れられているように,著者自身が解決への指向とフォーカシング指向療法の統合をSOFT(Solution-oriented Focusing Therapy)と称しているからである。その略称がSOFT(柔らかい)であるのは,名は体をあらわすとなっているようでうれしい。

 フォーカシングはそもそも,あらゆる技法と組み合わせることができる方法であり,クライエントを尊重しながら,そのとき必要な次なる一歩を促進する方法である。実際,ジェンドリンの『フォーカシング指向心理療法(下巻)』(1999)には,さまざまな治療的道筋との統合が紹介されている。本書は,そのようなフォーカシングの組み合わせ可能性の一つの具現化である。
 昨年の3月,今年の8月と続いてジェンドリンの話を聞く機会があった。そこでジェンドリンが重ねて強調していたのが,行動をすること,世界の中で実際に相互作用することであった。フォーカシング愛好者の中に,フォーカシングを内的なプロセスであると誤解している人がいる。そうではなく,フォーカシングは世界との相互作用に基づくものであり,また,次なる相互作用を生み出すものであることが強調されていた。ジェンドリンは著書『フォーカシング』で6ステップのマニュアルを提唱しているが,第7ステップとして行動ステップを加えたいとも述べていた。
 まさに,本書は,この第7ステップを意識的に促すために,解決指向からの知恵を導入したものとも言えるだろう。

 本書で特徴的なのが,解説つきで,著者の臨床事例の逐語的記録が紹介されている点である。熟達の臨床家が,二つのアプローチを具体的なクライエントに対してどのように統合的に用いているのかの実際場面を目にすることができる。理論的に一般論から学ぶのではなく,具体的なやりとりを読むことで,陪席やデモンストレーションからの学びのように,一般論やマニュアルになる以前の知恵を学ぶことができる。特定のクライエントにどのアプローチを選ぶのか,その介入を実際にどのように言えばいいかを読み取ることができる。
 また,解決指向とフォーカシング指向の相違点と統合点についての一般的な検討も紹介されているので,それぞれの指向の人たちが他の指向と比較しながら理解するためにも役に立つだろう。
 見出しや小見出し,挿絵,事例の紹介,統合ポイントの指摘など,見てわかりやすいように工夫されている。一度読むだけでなく,何度も読み返し,近くに置いて,必要なときの手引きとして使えるよう,探したいところが見つかりやすいように,工夫されている。献辞にあるように,セラピストの「皆さんの道具箱に入れていただきたい」。

 私が,そもそも本書に出会ったのは2002年の自家出版版であった。さっそく自分のために読み,そのわかりやすさと実用性に,自分の道具(初版では副題が,A Tool-Book for Therapists and Counsellorsだった)として活用していた。それまでに私も独自に,家族療法,ブリーフセラピー,解決志向療法に興味を持ち,役に立つものは活用していたが,なにかマニュアル的感触に違和感も感じていた。自分のやり方に,木に竹を接ぐようなやり方だなあと不全感も持っていた。そこに,フォーカシングも解決志向も深く学んだ上で統合している本書を読んで,自然に解決指向の介入を行えるようになった。自分の道具箱の中のとても有効な道具となり,実際に本書で勧められているように,使えそうな箇所を見直しては,導入の仕方を確認して,必要なときに備えることもあった。
 しかし,事例自体は,バタ臭い,というか,やはり欧米(著者はカナダ人)の事例だなあと思うものも多く,日本のセラピストにどれだけなじみを持ってもらえるかが疑問だった。また,ブリーフセラピーとフォーカシングの両方に関心があるセラピストがどれだけいるだろうと思うと,あまりたくさんの読者は期待できないと想像され,翻訳までは考えなかった。
 翻訳を考えるようになったのは,2007年春である。原著が第2版として,ちゃんとした装丁の本になったのと時期を同じくして,私は,近田輝行さんや若い仲間たちとフォーカシング指向心理療法の研究会を立ち上げた。その研究会の活動として,事例検討や自分たちの研究成果の発表や,ちょうど出版されたばかりだったキャンベル・パートン著『パーソン・センタード・セラピー』の読書会に加えて,本書の翻訳を提案した。そこで,若い仲間たちが,関心を持ってくれたことから,翻訳の話がとんとん拍子で進んでいった。
 私は今まで,フォーカシングやフォーカシング指向心理療法について多くを翻訳を通して学んできた。フォーカシングに関心がある若い臨床家の人たちにも,そのような機会を提供したかった。さらに,それが広く日本の臨床家の人たちにも利用できるものになれば,一挙両得でもある。
 若い臨床家の人たちが関心を持ってくれるなら,特に事例逐語記録がおもしろいと言ってくれるからには,翻訳の価値があるだろうと思えるようになった。読者が少ないのではないかという懸念についても,体験的療法とブリーフセラピーの両方に関心がある人を考えると少数かもしれないが,どちらかに関心がある人たちを対象とすれば,かなりの読者数がいるはずである。そして,どちらかに関心のある人たちこそ,本書を読むことで,自分の対応の幅を拡げることができるはずである。そうなることを期待して,翻訳を始めたわけである。

 実際には,上記研究会の全体の取り組みではなく,訳者として名前が挙がっている5人の翻訳サブグループの仕事となった。翻訳作業は,5人が各自分担部分を下訳した上で,日笠を中心に相互に修正を加えるという形で進められた。はじめてみると,英語を読むことと臨床について学ぶことの二重作業はなかなか負荷が大きく,内容的な検討よりも,訳語や理解の検討が中心になり翻訳研究会という様相になってしまった。訳書が完成した今,もう一度,内容的な検討を行いたいという声もあがっている。
 しかし,翻訳とその推敲・校正の作業の中で,介入を理解し,取り入れ,それをふさわしい自然な日本語で表現する努力を,訳者はそれぞれに行った。特に本書では,事例挿話,しかも,逐語的な記録がそのまま収録されている。そのやりとりの理解は臨床的な理解そのものであり,中でもそこでのセラピストのことばを日本語に直す作業は,日本語での介入の練習,リハーサルになっているに違いない。英語で言われていることの意味を,ことば以前のフェルトセンスに一度還元し,そのフェルトセンスから日本語を紡ぐという翻訳作業では,自分らしい表現をそこで生みだしている。そのような表現は自分になじんだものであるはずである。そのような形で翻訳を行う中で私はセラピストとしての介入を学んできたし,若い仲間たちも,今回,そのように学んだのではないかと期待している。
 できれば,日本語で読まれる読者の方たちにも,そのような読み方をしていただきたい。日本語になった文章を読みながらも,それ(特にセラピストの介入の言い方)を自分なりに咀嚼した上で,自分だったらどう言うだろうと自分なりの台詞を再構成しながら読んでみてはどうだろうか。それぞれの地方の方言や,男性か女性かでも言い方は異なる。また,人によってそれぞれなじむ言葉づかいは異なる。介入のエッセンスをつかんだ上で,一度,自分なりの言い方を声に出しておくと,実際の場面でことばにしやすくなるのではないかと思う。
……(後略)

訳者を代表して 日笠 摩子