補論

弁証法的行動療法の歩みと情動コントロール学習の注意点―あとがきにかえて
postscript


 本書は,Spradlin ESによる“Don’t Let Your Emotions Run Your Life−How Dialectical Behavior Therapy Can Put You in Control”の全訳である。本書では多彩な具体例が紹介されているが,翻訳に際しては,特に心理学を学んだことのない複数の大学生に目を通してもらい,「わかりづらい」と指摘を受けた箇所と,日本の事情にそぐわない内容については思い切った意訳を施した。また,ワークシートの使用方法について具体例を加えたところもある。以下に,弁証法的行動療法の歩みと本書の位置づけを論じた後,本書の効果的な使用方法についての示唆を述べたい。

1 弁証法的行動療法の歩みと本書の位置づけ

1.弁証法的行動療法とは?
 弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy:DBTと略)は,1987年に境界性パーソナリティ障害(Borderline Personality Disorder:BPDと略)の条件にあてはまる自殺行為常習者のための包括的治療法として,ワシントン大学のマーシャ・リネハン教授により体系づけられた認知行動療法のひとつである。DBTは1991年より開始されたBPD患者への無作為割り当て比較試験(RCT)で優れた治療効果が示され,治療困難と考えられていたBPDの心理療法に衝撃を与えている。
 DBTは,(1)個人心理療法,(2)集団心理療法,(3)電話コンサルテーション,(4)セラピストに対するケースコンサルテーションから成立している。特に集団心理療法に注目すると,本書の枠組みとなっているマインドフルネス・スキル,効果的な対人関係スキル,情動コントロールスキル,ストレス耐性スキルの主要4スキルで構成されており,個人心理療法と並行して受講することが義務づけられている。
 1993年には理論書である“Cognitive-Behavior Treatment of Borderline Personality Disorder”とスキルトレーニングマニュアルである“Skills Training Manual for Treating Borderline Personality Disorder”(ともにGuilford Press)が揃って出版され,「変化と受容」のバランスを強調した新しい治療スタイルと,精緻で具体的なマニュアルの体系にいっそうの注目が集まった。1995年には,DBTの実際を紹介したDVD“Understanding Borderline Personality Disorder”および“Treating Borderline Personality Disorder”(ともにGuilford Press)も発売され,リネハン自身が行う実際のセラピー場面や,DBTの特徴であるスキルトレーニング,チーム・ミーティングなどの様子を見ることができるようになった。
 現在のDBTは,治療モデルを改変することにより,リストカット等の自殺(類似)行動や社会的不適応だけでなく,摂食障害や外傷後ストレス障害にも適応範囲を広げている。また,DBTの教育システムも“Opposite Action : Changing Emotions You Want to Change”や“Client Loaner Copies of DBT Skills”,そして“From Chaos to Freedom”シリーズのDVD化により体系化が進んでいる。Behavioral Tech, LLC社によるワークショップも定期的に行われており,日本からの参加者も目立つようになった。
2.日本における弁証法的行動療法の展開
 我が国では,2000年に遊佐安一郎氏により「人格障害のための新しいアプローチ―弁証法的行動療法 創始者Marsha Linehan, Ph.Dを訪ねて」とのインタビュー記事が『こころのりんしょうa・la・carte』(星和書店:2000年,第19巻)に掲載され,日本の読者に向けてリネハン自身によるDBTの紹介が行われた。2003年に日本心理療法研究所から『境界性パーソナリティ障害の理論―弁証法的アプローチ』と『境界性パーソナリティ障害の理解―弁証法的アプローチ』(ともに大野裕監修・斎藤富由起監訳)が同時に刊行された。同年8月には日本心理療法研究所により「弁証法的行動療法とは何か」とのシンポジウムが日本女性記念館で開催され,多くの聴衆を集めている。この席では,斎藤によりDBTの紹介がなされた後,大野裕氏からアメリカ合衆国でのBPD治療の実際とDBT登場の経緯,そしてDBTの今後の可能性が語られた。その模様は『日本教育新聞』8月号に掲載されている。2005年には「境界性人格障害に対する弁証法的行動療法の治療効果に関するメタ分析」(坂野雄二他,『精神科治療学』(星和書店:2005年,第20巻))が学術誌に掲載され,DBTの存在は周知のものとなっていった。
 2007年にはリネハンの主著である理論書とトレーニングマニュアルも,それぞれ『境界性パーソナリティの弁証法的行動療法―DBTによるBPDの治療』(大野裕監訳:誠信書房)および『弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ』(小野和哉監訳:金剛出版)として邦訳され,さらに『こころのりんしょうa・la・carte』(星和書店:2007年,第26巻)では「DBT=弁証法的行動療法を学ぶ」という特集が組まれた。2008年にはミラーとリネハンの共著である『弁証法的行動療法―思春期患者のための自殺予防マニュアル』(高橋祥友訳:金剛出版)も邦訳されており,現在でもDBTへの注目は高まっている。
 日本におけるDBTの具体的な展開はさまざまである。比較的標準的なDBTの導入を試みようとする立場もあれば,摂食障害等への応用を実践する立場もある。マインドフルネス&アクセプタンス認知療法として理論的な位置づけを行おうとする立場や,DBTの東洋性に注目する立場もある。監訳者である斎藤は,コミュニティ心理学内の認知行動論的立場から,特に「無効化する環境論」に注目し,日本の無効化の現状について思春期,青年期を母集団とした検討を行ってきた。機会に恵まれ,2007年に国際連合における「子どもの権利条約」委員長の李亮喜先生に「日本の子どもたちにおける無効化する環境論」を報告できたことは望外の喜びであった。今後も多様な立場からDBTに関する論文や書籍,DVDが発信されることだろう。
 本書は,こうした機運の中で刊行された「弁証法的アプローチによる情動のセルフ・コントロールの著書」として位置づけられる。正統なDBTはリネハンによる『境界性パーソナリティの弁証法的行動療法―DBTによるBPDの治療』や『弁証法的行動療法実践マニュアル―境界性パーソナリティ障害への新しいアプローチ』を参照し,リネハンが設立したBehavioral Tech, LLCのワークショップに参加する方法でしか学べないことを強調しておきたい。
 こうした限界はあるものの,本書では,ゴットマンの学説に依拠しながら,親密な人間関係の維持スキルを提唱するなど,ユニークでチャレンジングな試みも見受けられる。監訳者としては,本書を媒介にして,読者が正式なDBTへの関心を高めてくれれば,これに勝る喜びはない。
 以上を踏まえたうえで,私たちは「なによりも日本の読者に使いやすく,わかりやすい本にしよう」との思いに立ち返り,特に心理学を学んだことのない大学生たち約20名に何度も目を通してもらい,少しでも「わかりづらい」と指摘された箇所は学生が納得してくれるまで翻訳に修正を続けた。また,大学生約30名を対象に,大学入学から卒業後1年を経た情動コントロールの指導と効果の確認を行った。ほぼ毎日リネハンの原著にあたり,わからないところは内外の専門機関に問い合わせもした。フォローアップを含めると,その期間は約4年半に及ぶ。こうして2008年,ようやく情動コントロールの書として効果が確認できたので,本書を世に出すことができた。この数年間は,本書を日本人である自分たちのものにするための期間であったように思われる。

2 本書の効果的な使い方

本書は3部に分けることができる。以下,学生たちがどのように本書を利用したかを具体的に述べながら,本書の効果的な使い方を説明したい。
1.第1部「情動の本質」のポイント
 第1部「情動の本質」において,情動は包括的なシステムとして理解され,その中で基本的情動と二次的情動が語られている。基本的情動は生得的で適応の手助けをしてくれる。他方,二次的情動は後天的に学習されたもので,状況によっては不適応を生み出す。著者スプラドリンによれば,二次的情動は何かについての情動であり,例えば「悲しみを感じることを恥じている」場合の「恥じている」情動は二次的情動と言える。不適応を生み出す二次的情動を変化させれば,情動による苦痛は減少することが語られる。
 より効果的に第2部に進むための重要な点は,下記に引用する「一つの情動がいつまでも続くことはない」という認知の学習である。

 海の潮流のように,情動の流れは変化して,決してとどまることはない。このことは情動に翻弄されている時に重要になる。「ある情動が永遠に続くことはない」という事実を忘れていると,感情的になった時,衝動的な行動を取ってしまうかもしれない。そのような時,「こんな気分も,じきに去ってしまうだろう」と言い聞かせることができれば,より効果的に情動をコントロールできるだろう。

     常にいい気分でいたいと望んでいるのは,あなただけではない。しかし,それは道理に合わず,現実的ではない。気持ちを新たに,前向きな状態で,不快な時間をも受けとめて欲しい。他方なしに一方を得ることはできない。一日のうちに夜も昼もあるのと同じように,悲しい時もあれば,嬉しい時もある。 (本書, p.21)

 ワークショップの感想シートをまとめたところ,この点を体得できると,その後のマインドフルネス・スキルへの取り組みに抵抗なく進めるとの報告が示されていた。マインドフルネス・スキルは情動に対するメタ認知を含むと考えられるが,その第一歩は「情動の満ち干がモニタリングできるようになること」だろう。スプラドリンがマインドフルネス・スキルへの橋渡しを巧みに準備していることがわかる。
 第1部では多数のワークシートが与えられているが,最初から全て(完璧に)回答する必要はない。例えば,第3章の「恐怖を感じることは……に役立った」や「罪悪感を覚えることは……に役立った」などの具体例を書けない者も多かったが,ワークシートを強制的に埋めなければ効果がなくなるわけではない。
 第1章では,包括システムについて語られているが,心理学を学んだことのない学生たちからの意見では,内容が少し難しいとの意見も聞かれた。
 第2章では「情動の機能」について,手帳などに張ることのできる用紙が欲しいと要望があった。確かに本書では適時ポイントを張り出して,見える位置に置くなどのアドバイスがなされている。下記に,私たちのワークショップで使用した張り紙を示すので,利用して欲しい。
(なお,訳文は一読して分かりやすいように,若干改変してある)

 情動の働き
    ●情動は適切な行動の準備をしてくれる。
    ●なぜ,そういう情動を感じたのかを考えると,重要なことに気づくことができる。
    ●情動をコントロールすることを目的としてモチベーションを高める
    ●情動があるからこそ,気持ちのこもったコミュニケーションができる。
    ●情動に耳を傾ければ,もっと上手に適応できる。

 当初,学生からのこうした要望に戸惑いを覚えたが,ともに作業をするうちに,彼ら,彼女らは,張り紙を手帳につけたり,さまざまな書き込みをすることなどを通じて,ワークブック全体に愛着をもつことがわかった。読者も,自己流にこのワークブックを「汚して」欲しい。
 第3章に関して,二次的情動を確認するワークシートが難しいと述べる者が見られた。例えば「‘自分が困惑を感じている’ことについて,恥ずかしさを感じる」などの具体例である。こうした場合,他人の回答を参考にすると,書けなかった者も書けるようになるケースが多かった。例えば上の場合「バイト先で何度も教えられたことが,またできなかった。恥ずかしくて,もうバイトに行きたくない」という回答もあれば,「ゼミのプレゼンの途中,PCの調子が悪くなり発表が全然ダメ。普段,そんなオロオロしたところは見せていないので,後輩たちは(きっと)私のことを馬鹿にしたに決まっている。恥ずかしいし,くやしい」という回答があった。ワークシートは一つの出来事に一つの情動を書き込むように作成されているが,必ずしも一つの情動である必要はない。上のように「恥ずかしいし,くやしい」という回答になっても良い。
2.第2部「あなたの情動に名前をつけて,特徴を述べてみよう」のポイント
 第2部では,情動が不安定になる理由として,睡眠不足などの生理的要因と「無効化する環境」に代表される社会的要因があることが指摘された(第4章)。こうした要因に抗するために,第5章では「マインドフルネス・スキル」,第6章では「情動の‘引き金’」の特定,第7章では「身体感覚への気づき」,第8章では「行動の結果分析」があげられている。
 第4章で最も重要なことは,以下に引用する無効化の内容である。

 あなたの親はどのように情動を表現しただろうか。とても控えめで,冷たい表現だったろうか。それとも,すぐに大声でまくしたてただろうか。親の態度は一貫していたのか,矛盾していたのか。子どもの時にモデルとなった情動とのつきあい方は,生涯を通じて,あなたに影響を与えるだろう。私たちは,親の行動パターンをかなりの程度で踏襲するように思われる。

     あなたは家族の中で,敏感で傷つきやすく,感情的な存在だったかもしれない。それは良いとか悪いとかではなく,ただそういう存在であったにすぎない。しかし,素直に情動を表すことを嫌う環境の中で生きてきたのなら,本心からの気持ちを伝えようとしても無効化(invalidating)されてしまうような反応に幾度も直面してきたのではないだろうか。周囲の反応は,自分の情動を味わうことや,感じている気持ちを誠実に他人に伝えることなどを,無意味で,注意を払う価値もなく,むしろ黙っている方が良いのだとあなたに強いてくる。これこそが,「無効化」(invalidating)である。
    (本書, p.44)

 こうした「無効化する環境」は今日の日本の子どもたちの問題行動を理解する上で非常に大きな示唆を与えるものの,上の記述に若干違和感を覚える点もある。確かに幼少期における親からの影響は情動コントロールの仕方に影響を与えることは事実だろう。しかしそれは決定論的に植えつけられるわけではないし,情動コントロールは同年齢・異年齢の遊び集団から,あるいは地域社会のおとなたちからも影響を受けている。さらには子ども自身がもっている多様な気質との相互作用も関係してくるだろう。いずれにしても,情動コントロールの学習は家庭だけの責任ではない。著者のモデリングに対する記述は,やや決定論に傾いているように思われる。特定の原因を強調しすぎることは,決して弁証法的ではないだろう。無効化を理解する時,それは決定論ではないし,十分変容も可能であることを強調する必要がある。

 また第4章の「無効化する状況」や「自己無効化のワークシート」は,人によってはとてもストレスフルなものである。一回でやりきるのではなく,時間をかけて(時にはサポーティブな関係の中で,支えられながら)実践することを勧めたい。
 第5章の「マインドフルネス・スキル」は,違和感のない学生と,はっきり拒絶反応を示す学生とに二分された点に特徴があった。拒絶の理由としては,イメージとして「宗教くささ」を感じてしまう場合や,今のライフスタイルを大きく変えなければならない不安があげられた。一方,当初は拒絶していた学生も,実際にこのスキルを実践してみると「今,ここでの体験に集中するために,注意の向け方をコントロールする方略」といった側面が強いことがわかり,納得するケースも見られた(もちろん,マインドフルネス・スキルはそれだけにとどまらないが)。
 マインドフルネスを概念として理解することは難しいという意見も多かったが,以下に引用した箇所は,学生が比較的理解しやすかったと述べた場所である。

    ‘周りの人にどう見られているか’とか,‘他人と同じようにできているか’などの不安な考えを解き放ち,‘完璧にできなければダメだ’と思ったり,‘他人に好まれる自分’を演じようとする気持ちに焦点を当てないように。「今,ここ」で経験していることに全ての注意を集中しよう。オリンピックの選手は,自分の競技や演技に夢中になっていて,世界が自分に注目していることに,あたかも気づいていないようだ。選手たちは,完全にその瞬間に没頭しており,余計なことを考えず,純粋に自分自身の経験と一体化している。あなたも,そのように経験と一体化していこう。
    (本書, p.54)

 第6章の「情動を生み出す‘引き金’の特定」では,内的引き金と外的引き金の区別が難しいとの指摘を受けた。特に内的引き金の特定には難しさを訴える学生も多かった。この点は行動連鎖分析によって時間をかけて探求するべき部分もあり,熟練者のサポートが求められる。第7章の「身体感覚への気づき」と「情動のラベリング」については,わずかであるが,身体感覚を感じることがとても苦手な一群がいた。万が一,読者がそうだったとしても,決して本書の効果がないわけではない。イメージすることが得意な人もいれば,イメージがわきづらい人もいる。同様に,身体感覚が鋭い人もいれば,鈍い人もいる。いくつかの対処法を組み合わせて使用していけば,情動コントロールは十分可能である。
 第8章の「行動の結果の検討」は認知行動変容の要諦であり,ポイントは「思考」の記述である。日替わりのワークシートは起こった出来事を時系列に記述すれば良いので比較的書きやすいのだが,その後の「情動に伴う結果の検討」にある「その時考えていたこと」を記入するのは,慣れないうちは難しいかもしれない。このような場合は第9章に進み,行動論的認知療法の枠組みに習熟してから,この章に立ち返った方が記述しやすいだろう。
3.第3部「情動コントロールの阻害要因を減らそう」のポイント
 第3部では,情動コントロールの阻害要因に対して,行動論的認知療法の枠組みが適用されている。過剰な「べき思考」のように,特定の文脈で不適切なまでに硬直した認知が,不適応的情動を発生させることがある。したがって,この思考に気づき,その修正を行うことで,不快な情動は軽減されると考えられる。
 第9章「セルフトークの修正」では,認知的要因に焦点が当てられている。伝統的な行動論的認知療法のパラダイムに依拠しているが,自己無効化を自己有効化に変化させる点は,本書の要諦の一つである。ここでは監訳者による具体例が掲載されており,読者の理解に役立てていただければ幸いである。なお,以下に引用するように,自己無効化の代表的な思考は「どうせやっても無駄だ」ではないだろうか。

    「どうせやっても無駄だ」という言葉は,魅力的な思考である。そう考えることによって,真剣に問題に取り組まなくても済むのだから。 (本書, p.100)

 監訳者が関わったいくつかの自治体による子どもの意識調査において,自己肯定感の低い子どもは高い子どもと比較して「どうせ,(おとなに)相談しても無駄だ」という意識を抱く割合が高かった。この「どうせ……無駄だ」というセルフトークを行う者は,本書のワークショップにおいても複数見られ,情動コントロール・スキル得点は低い特徴があった。他方,彼ら,彼女らは,「どうせ……無駄だ」と思いつつも,他方でワークショップに期待している面がある。こうしたセルフトークは,字義通りの虚無性というよりも,アンビバレントな感情を含んでいるように思われた。
 第10章「ライフスタイルの変化」は,本書の中で最も明瞭な内容であり,特に「楽しい活動」や「日常生活でのポジィティブな体験」には個性的な回答が多かった。
第11章「激しい情動を変化させる」では,激しく不適切な情動を感じた時,マインドフルネス・スキルでその情動に気づき,それに流されずに受容してから拮抗反応を取ることが提唱されている。なお情動が適切な場合は,DBTでは,拮抗反応ではなく,問題解決療法が選択される。以下,本書における拮抗反応(opposite action)を利用する際の要点を引用する。

     ステップの四番目である「拮抗する(両立しない)行動を取る」は,常に必要なわけではない。情動が,与えられた文脈や状況に即していたり,適切であったりする場合もある。情動が激しすぎる時や,情動に押し流されている時,すなわち,情動が援助機能を失い,あなたの妨げになっている時に拮抗する行動を取ると良い。 (本書, p.117)

 なお,監訳者は現在,DBTの枠組みで表情フィードバックの効果が提唱されている点に注目している。特に表情フィードバックの効果にマインドフルネスを組み合わせている点,さらに,強い情動に支配されそうになった時に使用する技法として提案されている点は,今後,実験心理学の立場からも実証可能と思われる。
4.第4部「情動を生かした豊かな生活を送ろう」のポイント
 第4部では,これまでのスキルを日常生活に生かす試みが語られる。特に第13章「親密な人間関係のスキル」は,大学生たちが最も関心を示した章であり,今後のカウンセリングレベルでのDBTの発展に示唆を与えると思われる。
 第12章では,DBTにおける効果的な対人関係スキルの要諦である「DEAR MAN GIVE FAST」が紹介される。比較的適応度の高い層にとって「DEAR MAN GIVE FAST」はもう一度自らの対人関係を振り返るチェック項目として理解されることが多かった。第13章の「親密な人間関係のスキル」は,大学生にとって大変関心が高く,実際に使用した例も多数聞かれた。ただし,「約束」を実際にコピーして見える場所に張った者は少なかった。ワークショップに参加した学生から特に共感を得た「約束」は以下の2つであった。

1.弁証法的に考える約束
2人がある出来事について異なる意見をもっていたとしても,どちらか一方が完全に非常識だとか,絶対的に正しい(あるいは間違っている)というわけではない。
2.パートナーについて相談する(される)際の約束
2人の関係で生じた問題を解決できるのは,私たち2人だけである。もし外部の知恵を必要とするのであれば,サポートや援助をしてくれるところに行き,どちらか一方だけの責任を追及したり,責めたりするところには相談しない。

 第13章では,「自分を落ち着かせる非常用キット」に焦点を当てると取り組みやすいとの報告が多数見受けられた。この非常用キットを作成しつつ,他のスキルに取り組むと,本章を理解しやすくなる。なお,状況によっては危機ネットワークの確立が非常に有効な者もいる。「夜間こころの電話相談(東京)」や「働くもののいのちと健康を守る全国センター(労災・職業病相談室)」など,地域や利用者の状況によってネットワークのあり方は多様に考えられる。
 大学生においては「つらくなると,どんな時でも友人にメールを送るという対処を行ってきたが,やがて友人からの返事が来なくなり,気まずい思いをしている」というケースが多数報告された。こうした時,本書の以下の記述は大変示唆に富んでいる。

     ネットワークをつくる際には,それぞれのメンバーに期待できる支援を正しく理解しておくことが重要だ。そうすれば,専門的なサービスを提供できない人に対して,不必要にイライラすることはなくなる。例えば,友人や家族は専門的な危機介入ができる人ではないのだから,危機的事態が起きた場合には,専門的に対応してくれるセラピストを頼るべきである。他方,セラピストはあなたの友人ではない。セラピストに対して,「今すぐ家まで来て欲しい」といった友人に求めるようなサポートを期待してはいけない。
     また,あなたを支えようというメンバーの気持ちに変化があったとしても,感謝の気持ちをもって受け入れることにしよう。ネットワークのメンバーが,理由はどうであれ,自分の役割を変えたいと伝えてきたならば,快くそれを了承したいものである。 (本書, pp.170-171)

 以上が,本書のワークショップ参加者が語った「本書のスキルを学習するためのポイント」の一部である。改めて考察するに,どのポイントも常識的な範疇の疑問であり,熟練者が多少のサポートをすれば乗り越えられることが多い。この意味で,現在も弁証法的行動療法研究会(2009年現在の事務局は千里金蘭大学児童学科・斎藤研究室)では,お答えできる範囲で本書の利用法についての質問を受けつけている。

3 弁証法的行動療法研究会について

 質問されることも多いので,本書を訳した弁証法的行動療法研究会について簡単に触れておきたい。監訳者である斎藤は境界性パーソナリティ障害のクライアントに多く接してきた経緯があり,その対応を海外の文献に捜し求めたことが研究会の発端だった。初めてリネハンの著書を手に入れた時の感激は今でも忘れることができない。とりわけ,表紙に描かれた赤い背景を黒で染め抜くパセテックな女性の横顔は,岡本太郎の『痛ましき腕』を連想させた。後にDBTのトレードマークとなる「女性の横顔」に出会わなければ,ここまでDBTに惹かれなかったかもしれない。1997年のことだった。
 その後,BPDのクライアントは途切れることなく,並行してDBT関連の論文をコツコツと集め,大きな枠組みを理解し始めたのは1999年だった。大学院生だった私の周囲でDBTは全く知られておらず,BPDへの対応も統一していなかった。わからないことがあれば,認知行動療法だけでなく,力動的精神療法の先生方にも,人間性心理学の先生にも積極的に尋ねに行き,少しずつBPDの理解と対応に経験則が集積し始めた。BPDのケースはリネハンが指摘するように,ジャズのような即興性が重要なこと,そして,いわゆる「常識」をどう組み込むかがポイントになることがわかり始めた時期だった。
 2000年に守谷賢二と出会い,彼もまたBPDのクライアントが多いことを知った。学生が帰った大正大学の8号館2階でBPDに関する英語論文を読み始めたのは2001年である。やがて,大学院の後輩だった陶山大輔が加わり,英語に堪能な加来華誉子や後藤幾子らの協力を得ることができ,勉強会の輪が広がった。2003年には,その成果として日本心理療法研究所から『境界性パーソナリティ障害の理解と治療』を世に出すことができた。
 リネハンが自ら書いた著書として,このDVDに付属していたマニュアルは日本で初めてのDBTの翻訳書だった。先行訳がなかったため,訳語には大変気を使った。最も問題になったのは「マインドフルネス」で,日本心理療法研究所の代表(当時)の岩本玲子氏から「マインドフルネスをどう訳す?」と尋ねられ,「マインドフルネスはマインドフルネスです」と答えたことを昨日のことのように覚えている。
 2005年に池田彩子が翻訳メンバーに加わり,現在は約20人程度で活動している。メンバーには純粋なビヘイビアイストもいれば,力動的心理療法の人もいる。クライアントを中心に考えていけるのであれば,流派は問題にしていない。
 私たちは,弁証法的行動療法を誰よりも早く取り入れるだけの能力を(残念ながら)もっていない。ゆっくりであっても日本の文化に根づくように,そして何よりもクライアントに通じることを確認しながら,これからも着実に学習していきたい。また私たちは,DBTの東洋的性質に注目している反面,東洋思想の影響性だけに目を向けたり,DBTがもつ「新しさ」だけを主張することは避けたいと考えている。東洋の知を深めることの意義は十分に理解している。しかし,少なくとも今は,健全なプラグマティズムを意識したい。心理療法における「東洋」と「西洋」については,いずれ語る時もくるだろう。私たちは,日本で一番遅くても良いから,日本のクライアントに届く言葉で弁証法的行動療法を伝えられるようになることを目標としている。
……後略

訳者を代表して 千里金蘭大学 生活科学部 児童学科 斎藤富由起