序文

 ロールシャッハ・テストの実施と解釈においては,多くの変数が取り上げられるが,反応をスコア(コード)する時に迷いやすい変数に形態水準(形態の質)の変数がある。形態水準とは,インクブロットの特定の領域に,意味づけられた反応内容の形態が,そのブロットの領域の形態と合致する程度を示す変数である。包括システムによるロールシャッハ・テストの構築者であるExner, J.は1986年に形態水準表を発表し,1995年には形態水準表第2版(Rorschach Form Quality Pocket Guide. 2nd edition)を刊行した。同書には,各図版ごとに多くの反応内容が普通反応(o)・特殊反応(u)・マイナス反応(−)に分類され掲載してある。普通反応(o)には2%以上の出現率の反応内容とともに,補外法によって決定されたものも含まれているようである。この形態水準表をわが国に適用する時,わが国の対象者に見られない反応内容がかなり存在し,普通反応(o)として表示されている内容が,わが国の対象者に出現しなかったり,また反対に,わが国の対象者では普通反応(o)となる反応内容が記載されていなかったりする。
 そこでわれわれは,Exnerが普通反応(o)とする2%以上の出現頻度という基準によって,わが国の健常成人に関する普通反応の基準表を作成したいと考え,400人の記録を検討し,「ロールシャッハ形態水準表:包括システムのわが国への適用」(高橋・高橋・西尾,2002)として公刊した。その後も,われわれは包括システムによるロールシャッハ・テストを臨床場面のクライエントに実施しながら,健常成人の協力による資料の収集を続け,健常成人の記録が500人となった。他方,Exnerは2003年の著書「The Rorschach : A Comprehensive System」の第1巻第4版において,Ⅶ図D5の「羽根飾り」をCgからArtに変えたように,従来のいくつかの内容カテゴリーを変更している。そこでわれわれも新しいExnerの基準に従って内容カテゴリーを変える必要性を感じた。
 これとともに500人になった健常成人の反応内容を検討したところ,400人の資料に基づく前著(高橋・高橋・西尾,2002)と出現頻度が異なり,形態水準を変えるべき内容が見出された。例えばⅠ図D2「タツノオトシゴ」と答えた者が11人と増え,Ⅱ図D1「オーストラリア」と答える者が10人となり,Ⅳ図W「雪男」と「カメ」の出現が10人となるなど,前著の特殊反応(u)を普通反応(o)に修正する必要が生じることを見出した。また当然ながら,新しい100人の健常成人の記録には,Ⅰ図Dd22「くちびる」(>)など,特殊反応(u)とコードしてよい反応が見られたりした。さらに例えばⅢ図Wの「ネコ」のようにExnerの「ポケットガイド」にマイナス反応(−)として記載されてはいるが,これまでわが国の対象者に出現しなかった反応内容が,今回は「シロネコ」の形で出現することもあった。そこでわれわれが収集した健常成人500人の資料を再検討するとともに,紙数の関係から前著で掲載を控えた特殊反応(u)とマイナス反応(−)の項目を,より多く呈示したいと考え,本書を公刊するに至った。
 これまでわれわれがロールシャッハ・テストの変数の意味を解釈する時,解釈仮説の大部分は文化差に関係なく,同じように適用できると考えてきている。しかし既にAbel, T.(1973)が述べ,Weiner, I.(2003)もいうように,インクブロットの知覚の仕方が,文化によって影響されることは否定できない。われわれは包括システムによるロールシャッハ・テストをわが国で有効に用いられるように,わが国の健常成人に基づくさまざまな基礎資料を分析することが必要だと考えて研究を進め,その結果を「ロールシャッハ・テスト実施法」(高橋・高橋・西尾,2006)と「ロールシャッハ・テスト解釈法」(高橋・高橋・西尾,2007)として公刊した。これらの書物とともに,本書がわが国でロールシャッハ・テストを実施し解釈する人の参考になれば幸いである。
 ……(後略)

2008年12月26日 高橋雅春