解題

 本書は,アルマンド・R・ファヴァッツァArmand R. Favazzaの著書『Bodies Under Siege: Self-mutilation and Body Modification in Culture and Psychiatry, Second edition』(The Johns Hopkins University Press, 1996)の全訳である。
 本書は,自傷行為の臨床と研究を志す者にとって避けて通ることのできない,現代の古典である。本書において,ファヴァッツァは,「自らの身体を傷つけ,変形させる」という現象を,膨大な資料と症例を用い,歴史,民族,文化,そして生物学という多次元的視点から,徹底的に検討している。その徹底ぶりのために,本書の内容はもはや精神医学を超えた,比較文化論の大著となっている。
 以下に,本書の著者や内容について説明したい。

著者について

 ファヴァッツァは,1941年にニューヨークのブルックリンで生まれた。コロンビア大学にて,かの文化人類学者マーガレッド・ミードMargaret Meadに師事した後(この体験が,彼の卓越した文化精神医学的素養を培ったことは想像に難くない),彼はヴァージニア大学医学部に進んで医師免許を取得し,さらに,ミシガン大学医学部にて精神科医としてのトレーニングを受けるとともに,公衆衛生修士を取得したという。現在は,ミズーリ大学コロンビア校精神科教授として,コロンビア地区の若手精神科医の教育に従事する傍ら,米国内外のさまざまな大学に招聘されて数多くの講義・講演を行っている。彼はまた,世界精神医学会の文化精神医学部門の米国代表,ならびに米国精神医学会の終身名誉会員でもある。
 ファヴァッツァは,30代後半にして早くも米国における「文化精神医学」の第一人者であった。その高らかな宣言が,1978年の『米国精神医学雑誌American Journal of Psychiatry』の巻頭を飾った論文『文化精神医学の創設The Foundation of Cultural Psychiatry』であった。
文化精神医学における彼の研究テーマは主に二つある。一つは「自傷行為」に関するものであり,その研究の集大成が本書『Bodies Under Siege: Self-mutilation in Culture and Psychiatry』(初版1987, 第2版1996)である。もう一つは「宗教」であり,その集大成は聖書に関する精緻な精神医学的検討を行った『PsychoBible: Behavior, Religion,  and the Holy Book』(2004)である。いずれも古今東西に類書を見ない,徹底した情報収集と分析が行われた,圧倒的な著作であるといえるであろう。

ファヴァッツァの業績と本書について

 「ファヴァッツァ」以前,精神医学における自傷行為の扱いはといえば,クライトマンKreitmanが提唱した,初期の「パラ自殺」概念に典型とされるように,自殺行動の亜型―自殺に類似しているが,明らかな自殺の意図を欠いている,人騒がせな行動―というものであった。こうした考えは,やがて境界性パーソナリティ障害の一症候―「自殺のそぶり」「操作的行動」―に吸収され,その結果,自傷行為は,治療や援助の対象ではなく,禁止・制限の対象となるにいたった。もしもその禁を破れば,治療や援助の対象から除外されることにもなりかねなかった。
 こうした変遷のなかで,臨床家のあいだに,自傷行為がはらむ自殺へと発展する危険性を過小評価する風潮が醸成されただけでなく,自傷行為が持つ肯定的側面についても議論しにくい状況が生じたように思われる。
 実は,操作や意思伝達よりもはるかに多くみられる自傷の意図とは,誰の助けも借りることなく,その身体的疼痛によって精神的な苦痛や解離症状を減じ,自らの感情や精神状態をコントロールすることにある。この場合,自傷行為は,明らかに治療的な機能をはたしている。もちろん,それは不適切な方法かもしれないし,確かに,長期的には精神状態をコントロールするどころか,逆に自分が自傷によってコントロールされるという事態に陥る可能性があるが,しかしそれでも,少なくとも一時しのぎとしては有効なことがある。そのことは,すでにメニンガーMenningerやシンプソンSimpsonも,「局所的自殺focal suicide」や「反自殺行為anti-suicide」といった表現で触れていたはずだ。けれども,専門家のあいだに自傷行為=境界性パーソナリティ障害という思い込みが広まると,こうした見解が顧みられることはまれとなった。1980年代の話である。
 本書の初版はそういった時期―1987年―に登場した。自傷行為の当事者にとっても,研究者にとっても,まだ厳しい冬の時代であった。かのリネハンLinehanが弁証法的行動療法の理論を完成させる以前のことであり,ウォルシュとローゼンWalsh & Rosenが『自傷行為』を刊行する前年にあたる。もちろん,1986年には,レイシーとエヴァンズLacey & Evansが,物質乱用,自傷行為,摂食障害を相互変換性に呈する女性患者の一群に対して,「多衝動性過食症multi-impulsive bulimia」という臨床概念を提唱し,この一群をただ境界性パーソナリティ障害と片付けることに疑問を投げかけていた。しかしその一方で,1987年にガンダーソンとザナリーニGunderson & Zanariniは,レビュー論文のなかで,自傷行為は境界性パーソナリティ障害の一症候に過ぎないと断じている,という状況であった。したがって,本書の刊行までの道筋が困難をきわめたのも当然のことであったろう。そのあたりの経緯については,本書の「第2版への序文」のなかでも触れられている。
 あらゆる意味で,本書は彼の出世作である。時代の逆風にもかかわらず,ファヴァッツァは,本書を通じてまったく新しい「自傷行為」観を示すことに成功し,1987年に初版が刊行されてすでに20年あまりが経過した今日でも,いまだにその価値はいささかも減じていない。それまでに自傷行為に関する重要な精神医学的考察を行い,高い評価を受けた本としては,ファヴァッツァ自身も指摘しているように,メニンガーの『Men against Himself』(1938)がある。しかし,本書が自傷行為の臨床と研究に与えた影響は,メニンガーの著書をはるかに凌ぐものであったというべきだろう。そのことは,現在,国際的な専門誌に掲載されている自傷行為に関する論文のなかで,ファヴァッツァの業績を引用していない論文を見つけることは難しい,という事実ひとつとっても明らかであろう。筆者自身,自傷行為に関する論文を書く際には必ずといってよいほど本書を読み返したが,そのたびに,自分の発見と思った知見の大半が,すでにファヴァッツァが指摘していることを知り,その都度,彼の慧眼に驚かされてきた。
 自傷行為の臨床と研究に関するファヴァッツァの貢献を数え上げれば,それこそ枚挙にいとまがないが,特に重要な業績は以下の三つであろう。
 第一に,自傷行為の定義と臨床分類を確立したことである。特に彼の臨床分類―重症型,常同型,中等度表層型という3類型,ならびに,中等度表層型の下位分類として,強迫性,挿話性,反復性―は,今日でも多くの研究者に用いられている。すなわち,心理社会的な観点からであれ,生物学的な観点からであれ,自傷行為を研究するすべての者は,ファヴァッツァという巨人の方の肩に立っているといえよう。
 第二に,自傷行為の嗜癖性を指摘し,「反復性自傷症候群」という臨床概念を提唱したことである。ファヴァッツァは,反復性自傷症候群は「衝動制御障害」というⅠ軸障害と見なされるべきであり,アルコール・薬物依存と同じように,自傷行為そのものを治療・援助の対象とする必要がある,と主張している。もっとも,ファヴァッツァの主張にもかかわらず,米国精神医学会の診断分類DSM-Ⅳ-TRにおいて,自傷行為に関する記述が明確になされているのは,いまもってⅡ軸障害である境界性パーソナリティ障害だけであり,反復性の自傷行為は,いまもって,医学的治療の対象となるⅠ軸障害と見なされていない。
 そして最後に,自傷行為を,人類が行ってきたさまざまな自傷的な儀式や慣習,ボディピアッシングやタトゥといったボディモディフィケーションとの連続的な文脈のなかで捉え直す,という新しい視点を,我々に見せてくれたことである。
 本書の内容は,自傷行為に関するエンサイクロペディアというにふさわしい。第Ⅰ部では,歴史,文化,民族,宗教,神話といった観点から,人類が行ってきたさまざまな身体改造や自傷行為について論じられている。ここを読めば,自傷行為が決して最近増えてきた「流行」ではないことが理解できるであろう。それから,第Ⅱ部では,文化と臨床精神医学という複眼的視点から,各身体部位における典型的な身体改造や自傷行為が論じられている。
 また,第Ⅲ部では,精神医学的研究における自傷行為の定義や概念,分類の歴史的変遷が論じられ,ファヴァッツァ自身の治療論も語られている。もちろん,薬物療法や弁証法的行動療法に関する記述のなかには,手放しに同意できない部分もあり,治療論の具体性・実践性という点では,明らかにウォルシュの『自傷行為治療ガイド』(松本ら訳,金剛出版,2007)の方に軍配が上がる。けれども,自傷行為の研究と概念の変遷を概括したレビューとして,第3部の記述をしのぐ文献を,筆者は知らない。
 さらに,本書の最後には,ボディモディフィケーション界のカリスマ的哲人ファキール・ムサファーによって書かれた終章が配されている。これは第2版になって追加された章であるが,この章のために,本書の価値は,たんなる精神医学書であることを飛び越え,また,アカデミズムの殻に閉じ込もらない,独自のものとなっている。
 ……(後略)

平成21年1月 仕事始めの研究室にて 監訳者  松本俊彦