おわりに

 金剛出版からIPTの本を出していただけるというお話をいただいたとき,最初は月並みな企画を考えた。つまり,障害ごとにIPTの適用法をまとめていくようなものである。しかし,そのような趣旨であれば,IPTのフルマニュアルである「対人関係療法総合ガイド」や簡易版である「臨床家のための対人関係療法クイックガイド」がすでに十分その役割を果たしている。では,今必要とされているのはどのような本なのか,ということを熟考してみた。その結論として,障害ごとにまとめていくだけではとらえきれないIPTの「本質」を,いろいろな角度から切ってみることによって描き出してみたい,と思った。本書はそんな知的好奇心から,自分自身が読んでみたい本を書いたつもりである。IPTについて講演やワークショップをするときに,基礎的なことだけは説明できても常に「時間が足りない」と感じるが,その「足りない時間」に話したいことも,かなりの程度書けたように思う。結果としてはIPTが適用される精神科的障害のほとんどを網羅することになった。また,以前からご紹介したいと思っていたIPTの歴史についても書くことができ,肩の荷が下りた気がしている。
 いろいろな切り口から本書をまとめてみて,IPTというのは実によくできた治療法だと改めて感心した。たっぷりと感情を味わうが,同時に無駄がない。医学モデルを徹底し,「病気」ということを強調するわけだが,実際の治療では人間的な成長が起こる。つまり,科学的な知識を享受しつつ,人間が持つ力の大きさを生かし切っていると言える。また,治療者にとってもストレスが極めて少ない(精神科医の自殺が多いことを考えれば,これは重要なポイントである)。IPT治療者は患者さんに好かれ感謝されることが多い。初期にはせっせと心理教育をする必要があるが,治療中盤からは治療者がそれほどがんばらなくても患者さんや周囲の人たちが自発的にいろいろなことを達成してくれる。戦略性の高い治療であるIPTは,治療者にとっても常に刺激的である。「IPTは感情に根づいている必要があり,治療者が退屈を感じるときはIPTから逸脱しているとき」と言われているが,治療者もまた多くを与えられる治療法であると感じている。もちろん治療が常に順調に進むわけではないが,何と言っても,信頼性の高い科学的エビデンスに支えられているので,治療がうまくいかないときには単にマニュアルに立ち返り,どこでIPTから逸脱してしまったのかを考えればよい。本書の第九章にまとめた「IPTの質を損ねる問題」も,そのヒントになれば幸いである。
 このようにIPTが優れた治療法になっているのは,第一章で紹介した歴史によるところが大きいだろう。ごく大ざっぱな言い方をすれば,IPTは,「人はどういうときに病気になるのか」という観察と,「治療のどういう要素が効果的なのか」という観察に基づいて作られた治療法である。そういう意味では,徹底的に人間の現実に根づいたものであると言え,無理を感じさせず効果が上がるのも当然だと言うことができる。
 そうは言っても,本文でも述べたように,私はIPTが万能だと思っているわけではなく,IPTが適した対象に用いていくべきだと信じており,鑑別治療学がさらに発展することを願っている一人である。そして,「IPTが適した対象」とは誰なのかを知るために本書が少しでも役に立つことを期待している。同時に,治療法としてはIPTが第一選択とならない対象であっても,本書で整理したようなIPTの視点は何かしら臨床家の役に立つのではないかとも思っている。
 ……(後略)

2009年3月 水島 広子