あとがき

 本書は『精神障害者の責任能力――法と精神医学の対話』(1993年,金剛出版)の後を受けて,陣容を一新して編集されている。この15年余の間,責任能力と精神鑑定を取り巻く情況はまさに激変した。連続幼女誘拐殺人事件,児童殺傷事件など,精神医学を俎上に載せる事件が相次いだ。2005年の心神喪失者等医療観察法は触法精神障害者医療を机上から実践の場へと移した。そして新たにスタートした裁判員制度は刑事司法制度の面から精神鑑定の枠組みを変えようとしている。
 責任能力は法律概念であり,鑑定人の立場から言及するには慎重さが求められるであろう。しかし法廷の外では司法精神医学の基本課題として大いに議論されなければならない。他方,法律家が独自の視点で精神障害の概念や治療のあり方に踏み込むことも歓迎される。従来,精神医学と法律の関係は円滑とは言い難く,相互不信さえ存在した。今後は両者が誤解を恐れず意見を述べ合うことで生産的交流の端緒が得られるであろう。
 本書の目的は,責任能力とその周辺の諸問題を〈現在〉に定位しつつ一望することにある。触法精神障害者の鑑定と治療に携わる医師,刑事法の研究者,さらには司法の実務家まで,理論と実践の両面にわたる第一線の執筆者が持論を展開している。責任能力の本質,裁判員制度と医療観察法から派生する問題はもちろんのこと,鑑定の倫理,医療と人権,重要でありながら見過ごされやすい訴訟能力,死刑適応能力,少年犯罪など,いずれも今日的なテーマが選ばれている。ドイツとアメリカの詳細な情報は日本の制度をグローバルな視点から捉え直す上で貴重である。
……(後略)

2009年5月 新緑の筑波にて 中谷陽二