はじめに

 本書は,『臨床心理学』誌・第7巻第1号(2007年1月)〜第8巻第6号(2008年11月)に連載した「連載講座・精神科臨床における心理アセスメント入門」第1話〜12話をまとめて加筆修正を行ったものである。
 連載を実際に執筆したのは,2006年夏から2008年夏の約2年間にわたった。その間,2カ月に1回,連載を書き続けるという作業は,私にとって初めての体験であり,一つの論文を書くのとも,一冊の本を作るのとも,まったく違った経験をすることができた。
 この連載の依頼を受けたとき,まずは,代表的な心理検査の実施に際して臨床上の注意点や配慮を書くといった,当たり前の内容にすることも考えた。しかし,この連載の読者対象として想定したのは,精神科において臨床経験が5年以内のビギナー臨床心理士である。これらの読者層に対して,自分が心理アセスメントに関して伝えたいことがあるとしたら,それはどういうことかを自問自答しながら,連載を開始した。つまり,連載の開始時点で,全体の構想ができ上っていたのではなく,書きながら構想を作り上げていったことになる。連載を担当するのに,第一話から最終話まで完全に書き上げてしまって,全原稿を一括して出版社に提出し,それを出版社が小分けにして掲載するという場合もあるようだが,それは一冊の本を書いたこととほぼ同じ体験であろう。私の場合は違ったやり方を試みたことになる。
 それは素晴らしい体験であった。あるクライエントと初めて出会ったとき,学派によっては,終わりの回数も終わり方も決まっているのかもしれないが,精神科臨床ではそうはいかないのと似た体験である。そのクライエントとの二年以上先の面接を,開始時点で完全に定めている臨床心理士など精神科臨床で存在するのであろうか。おおよその経過はわかってはいても,クライエントに同じ人はいない。たとえ診断が同じ統合失調症という名前であっても,状態像も経過も同じではない。うつ病も,これだけ人によって違うのかというほど,精神科臨床では違った様相を呈する。心理アセスメントは何のためにあるのかというと,もちろん臨床心理学的援助のためであり,その中心となる臨床心理面接は,ご家族・友人や医療関係者など周囲の協力を得て,クライエントと私の二人で,手作りで歩んでゆく過程である。いわば,オーダーメイドそのものである。連載もそれに近いものなのだと初めて知ることができた。連載は,いわゆるイニシャルケースに近い感覚であったと書くと大袈裟になるであろうか。
 精神科臨床でたくさんの方々と出会っても,イニシャルケースは印象的に臨床心理士の記憶に残り,そこはかとなく気恥ずかしさを伴うものである。それと同様に,この連載終了時は,気恥ずかしいので大幅に書き直そうと考えていた。しかし,いざそうしようとすると,連載の勢いやその時代の息吹といったものが消えてしまうような気がして,逆に加筆修正は少なめにして,連載という形式を活かすことにした。なお,事例に関する記載に際しては,当然のことながら,そのプライバシー保護に充分に配慮した。
 最も加筆修正すべきであったと気になっているところを披露すると,それは本書の後半(心理アセスメントの六つの視点)を書く前に,これらを誤って活用しないようにと書くべき章がないことであろう。私が怖れるのは,これらの視点に関して「これは聞いた」「これは話し合った」「これはまだなので聞かなきゃ」といったように,バラバラした質問のためのチェックリストとして使用してしまい,それで自分は心理アセスメントが上達しているつもりになってしまうビギナー臨床心理士が出現しないだろうかということである。言うまでもなく,臨床心理面接の基本能力が土台としてあって,それに関連した軸のようなものが六つの視点だからである。それならば,臨床心理面接の基本について連載の半分くらいを充てればよかったのではないかと指摘されるかもしれない。しかし,これに関しては多くの先達がそれぞれの言葉で書いている。私のような中堅にとっては,まだ百年早い(?)領域である。面接の基本を自分の言葉で書くのは,ベテランの域に達してからでないと難しい。いつ達するのかという個人的な問題はあるが……。しかし,執筆者としての責任上,本書の後半部分である‘心理アセスメントの六つの視点’が誤用されず,むしろ適切に活用されるように,本書の「おわりに」に,面接の基本というよりも,これらの視点と臨床心理面接をつなぐ部分に関して若干の補足を掲載した。
……(後略)

2009年4月10日 津川律子