おわりに

「はじめに」で述べたように,本書の後半部分を占める‘心理アセスメントの六つの視点’が,質問のためのバラバラとしたチェックリストして用いられることを希望していない。そこで,読者層として私が念頭においている,精神科臨床経験の浅いビギナー臨床心理士には,自分が臨床心理面接をしているときを想定しながら,以下の文章を読んでいただけるよう,お願いしたい。
 六つの視点をつなぐ,第七の視点=here and nowについては,最後の章でふれた。六つの視点から得られたものが第七の視点を通じて集約され,ネットワークのようにつながりながら立体的に存在しているとしよう。“それ”は臨床心理面接と不可分に動いている。固定化され不変なものではない。それではラベル貼り(分類)に過ぎなくなる。
“それ”をイメージとして例えるならば“家”であろうか。クギや壁板や柱などを部品としてバラバラと平面においたままにしておくのではなく,それらを含めて,全体像として立体化してゆく内的努力をセラピストは学派を越えて行っている。その“家”(=心理アセスメントにおける六つの視点を通じて成っている立体的な像=臨床心理学から見たその人の全体像)についてもう少し説明を加えたい。読者には,思い切って,その“家”の中にクライエントと自分が入っているようなイメージをもってみていただきたい。
“家”の中で二人がちょこんと座って,あれやこれや“家”について話し合っているような光景である。話し合っているだけでなく,二人で家の中をちょこちょこ歩きながら,クギが目立たないように直したり,壁板の色を変えてみたり,柱をさわって撫でてみたり,土台が凹んでいるのを心配してみたり,いろんなことを一緒にしたりもする。ただ二人で座っているように見えるときもある。
“家”というと,堅くて不同のイメージをもたれてしまうかもしれない。実際には,もう少し柔らかなイメージである。やはり,家というより,家の中に入ったイメージであろうか。そう書いておいて,さらに読者を混乱させてしまうかもしれないが,実際の臨床場面では,クライエントによって例えられるイメージが違う。ただ,共通しているのは,セラピストが一人で勝手に心理アセスメントを作り上げているのではなく,心理アセスメントはクライエントとセラピストの二人の間で作り上げられてゆくということと,心理アセスメントは立体的なものである,ということである。チェックリストのように平面的なものではない。
「結局,家なのか何なのか,はっきりしろ!」というビギナー読者の怒声が空耳で聞こえそうである。中堅どころのセラピストは,この記述をきっと楽しんでくれるであろう。臨床経験が増えて自分の体験を深められるようになると,自分のもっている心理アセスメント像と私が書いている表現が同じものでなくても(まったく同じということはあり得ないと思う),それを読者として楽しめるはずだからである。ビギナーはイライラするかもしれない。心理アセスメントが立体像であることの詳細について,いつかまとめる機会があればと思うが,この「おわりに」では紙数の限界があり,今回はご容赦いただきたい。
 さて,この“家”は,何のためにあるかと言うと,もちろん臨床心理学的援助のためにある。本書の第3章で,心理アセスメントという概念の定義として,多くの臨床家が,定義の最後に「過程(プロセス)」という言葉を挙げていたのは,目的のためにプロセスがあるからである。目的は,援助のための仮説作りにある。そのためには,繰り返すようであるが,目的のために立体像を組み立ててゆく。そのポイントを本書にまとめたつもりである。本書の各ポイントはイコール部品ではなく,あくまで全体像を構築するための視点である。
 ここで,専門用語としてビギナーの頭をかすめるのは「ケースフォーミュレーション」であろう。ケースフォーミュレーションの定義も,諸家によってさまざま存在するうえに,概念は時代とともに変化するが,いまの私にとって心理アセスメントとケースフォーミュレーションは,分けられるどころか,二つの概念が重複する割合が比較的多くある。心理アセスメントが,臨床心理学的援助のための仮説を作るまでのプロセスを指し,ケースフォーミュレーションが,心理アセスメントをもとにして仮説を立て修正するプロセスを指すことが多いのを承知してはいる。しかし,どこからどこまでが心理アセスメントで,どこからがケースフォーミュレーションなのかといった点に関して,ここで学問的な議論を繰り広げるつもりはない。臨床心理学の成熟を考えると,両者の弁別というより,そこで何が起きているのかに関して探求し続けることは重要なことであると認識しているが,ここで私が補足しようとしているのは,心理アセスメントには目的(作業仮説作り)があって,そのために‘心理アセスメントの六つの視点’があるということであり,臨床心理の専門家(プロ)として,各ポイントを立体的な全体像を構成する際の視点として利用していただきたいという願いである。

さて,長すぎる「おわりに」となった。
あとは,読者のご批判を待つばかりである。

2009年2月10日 津川律子