訳者あとがき

 このたびは本書を手にとっていただき大変ありがとうございます。この訳書がなぜ生まれることになったのか,少しだけご紹介いたします。
 私はもともと精神科医としてコンサルテーション・リエゾン精神医療の領域,中でもがんの患者さんの心のケアに長く従事してきました。その中で,私自身が,患者さんから大変多くのことを学ばせていただきました。その一つが,がんの患者さんは,がんという病をきっかけとして抑うつ状態などの心理的な苦痛を経験されていても,患者さん自身がお持ちの元々の能力をちょっとした方法で引き出すことができれば,多くのことをご自身で解決され,そしてご本人にあった方法で病と向き合っていかれるようになるということでした。命を奪われてしまうかもしれない病と対峙されながらも,患者さん自身が変化されていく姿を目の当たりにして,私自身何度も驚き,そして人間のしなやかさに感銘を受けました。そのような経験を通して,患者さんが自分自身で困難を乗り越えるお手伝いをするうえで問題解決療法的なアプローチがとても役に立つという思いを強くしました。がんに罹るという困難の中で気持のつらさを経験されていても,起こっている問題を整理しながら,自分にとって今本当に大切なことは何なのかについて思いを巡らし,そして目標に向かって解決方法を産み出していくプロセスの各々がとても役に立つのです。もちろんすべての患者さんのすべての問題に有効なわけではありませんが,ご自身の問題を少しでも自分で何とかしようと思われている患者さんに本書で紹介される問題解決スキルはとても有用であると思います。
 現在,私は,がんの患者さんだけでなく,さまざまな身体疾患を得たことで苦しみを経験されている方やうつや不安で悩まれている一般の精神科の患者さんにも,本治療を幅広く応用しながら,そのエッセンスを臨床に取り入れています。そして,その結果,問題解決療法という構造的なアプローチは,大変わかりやすく,そして多くの患者さんにとって,とても受け入れやすい治療だと感じています。本治療法には難しい理論などはありませんので,精神保健の専門家でなくても実施可能であるという大きな利点もあります。
 ですから,精神保健の最前線にいらっしゃる精神科医,心療内科医,臨床心理士の方だけではなく,がんの患者さんをはじめとした身体疾患の患者さんのケアや職場におけるメンタルケアに従事していらっしゃる看護師や保健師の方など,こころのケアに興味をお持ちの方が本書を読まれ,現場でご活用してくださることを心から望みます。
 私自身のことを振り返りますと,何より自分がストレスでつらい思いをしているときや燃えつきそうになっている際の対処に,問題解決スキルがとても役に立ったということを実感しております。それが本治療法を学んだことの私自身にとっての最大のご褒美なのかもしれません。

2009年6月           
訳者を代表して 
明智龍男