あとがき

 これまで心理療法の世界では,いわゆる名人と言われている人がいて,その介入の仕方は神秘のベールに包まれ,面接室から外に出ることはなかったように思います。それゆえ,その独自な心理療法は他の人にはとても学べるものではなく,天性の才能によってなされているという神話が構築されたのでしょう。今でもそのような神話は継続しているかもしれません。後述するように,確かにセラピストの腕前は大切なのですが,それを神秘的なものにしないで,いかに日々磨いていくのかということが心理臨床の教育にとって課題となっています。
 その点で,心理療法の訓練スタイルが一新する時代がやってきました。これは家族療法やブリーフセラピーの貢献であると思います。それまで心理療法をライブで学べることがなかったのですが,家族療法やブリーフセラピーでは,ミラー越しにスーパーバイザーがいて,インターカムを通して面接室にいるセラピストはライブのスーパービジョンを受けることが可能になったのです。また,セラピーチームがセラピストと共に面接室に入り,セラピストと家族との面接をその後ろで観ていて,そのプロセスで感じたことを家族にフィードバックするという面接形態も出ています。いずれにしても,面接は密室で行われるのではなく,オープンにして,チームとしてクライエントや家族とかかわるのです。このような訓練スタイルや面接形態の変化は,ワークショップという実習スタイルを新たに生み出したと思います。1980年代に日本に家族療法が紹介され,それ以後,学会や研修会では,実習を主体にしたワークショップが多くなりました。その影響が他の学会にもおよび,今日では盛んにワークショップという文字の入ったパンフが目に入ります。ただ,ワークショップとパンフに書いてあっても,実質は心理療法の講義や事例検討だけに終始している研修会も多くあります。
 アメリカの心理療法の学会では,著名なセラピストであってもクライエントの同意を得て,ライブの面接を提示してくれるものがあります。そこに参加すると,セラピストの心理臨床の姿勢やコミュニケーションスタイルが手にとるようにわかります。と同時に,たとえ,著名なセラピストであろうと,彼らは聴衆から評価を受けているのです。
 今日,臨床心理士をめざして,大学院で多くの学生が心理療法を学んでいます。彼らに学んでほしいものは何で,いかにして彼らはそれらを学ぶのか,あるいは,学べるのであろうか。
 幸い,近年は心理療法の効果の研究が進展していて,私たちは統計を駆使した効果の分析結果を知ることができます。たとえば,ウォンポールド(Bruce E. Wampold)氏の研究では,心理療法の効果はそれを受けていない人と比べて確かにあり,しかもどの学派であれ同様に効果があるのです。彼の分析では,セラピーの効果は,それ自体によるよりもセラピー外の要因,たとえば環境における偶発的な変化によるものが圧倒的に多くなっています。セラピー自体の要因では,理論や技法という特殊な要因よりも,どの学派にも共通する一般的要因の貢献が大きいのです。その一般要因とは,セラピー同盟,セラピーへの忠誠心,期待や希望,セラピストの能力であると言われています。
 心理療法においては,まず,クライエントとセラピストとの人間関係がベースであり,どの学派のセラピーであれ,それが必須なものになります。それゆえ,たとえ,あるセラピストが同じオリエンテーションでもって,同じ症状をもつ異なるクライエントとかかわっても,それぞれのセラピーにおいてクライエントとの関係性に差異があるゆえに,その効果に差異が生じるのでしょう。
 本書では,異なるオリエンテーションをもつ,その代表的な先生方から,心理療法の実践における工夫を述べていただきました。セラピーへの忠誠心とは,セラピーは効果があるという信念です。どの先生も自分のセラピーに対しては,忠誠心に満ちていると思います。また,セラピストの能力とは,まさに腕前であり,セラピーにおける工夫でもあると思います。本書はそのようなセラピーにおける忠誠心と工夫に満ちています。読者のみなさんには学派を超えたセラピーに貢献する共通要因を本書から是非,自ら見出していただきたいと思います。
 とかく,これまではセラピー学派の差異について,とりわけ,ある一つの学派の優越性について論じることが多かったように思います。しかし,セラピー効果のリサーチが示唆するように,どのセラピーも効果があるのですから,その効果に寄与する共通要因に目をやることの方が大いに成果を得るように思います。心理療法をこれから学ぼうと燃えている人,今まさに学んでいる人,さらには,臨床経験を着実に積んできている人にも,是非,本書を一読していただき,心理臨床の実践に役立つ智慧をいくらかでもつかんでいただければ幸いです。

2009年 梅雨があけて 宮田敬一