マイケル,雲を抜ける
――訳者あとがきに代えて――

    If you’ve got a bicycle
    Then we’d better ride it
    How about we head up to the hills today?

    David Denborough, 2008

 この本は,Michael White: Maps of Narrative Practice, W. W. Norton, New York, 2007の全訳である。そして,これがマイケル,生前,最後の著作となった。2007年春のノルウェーでのカンファランスで盟友デイヴィッド・エプストンがマイケルの講演前に熱っぽく本書を紹介したのが,まだ昨日のことのようだというのに。
 マイケルは昨年3月サンディエゴでのワークショップのあと,緩和ケア領域のナラティヴ実践を記した『人生のリ・メンバリング』の著者ロレインらと食事中に心筋梗塞を起こし,4月5日サンディエゴ病院で帰らぬ人となった。その前後の様子が,ロレインとジョンによって伝えられている。
 最後となったワークショップで参加者から,オルタナティヴ・ストーリーではなくなぜ従属的ストーリーsubordinate storyという表現を使うのかと問われ,彼は,従属的ストーリーは偶然,従属的になったものではなく,近代的権力操作の結果だからだと説明し,「規格化する判断」について話したという。また,面接中の記録について問われると,会話の中から語られたことを救出するために書き留めるのだと答えた。筆記は伝達なのだと。自分が相手の言葉の忠実な記録者であれば,あとで要約として読み返すこともできるし,手紙の中でドキュメントすることもできる。特にベトナム退役軍人との面接が多いのは,現実に召還されはしなかったものの自分はその世代に属していたので,もしも召還されたならばカナダへ逃亡するか刑務所行きだったであろうし,反戦運動にも深く関わったので,退役軍人のストーリーを聴く特別な責務があるからだという。聴く技術を修得したいのなら,人々の話した言葉をそのまま書き留めることだ。どんな気持ちかと問いかけるありきたりの治療実践が人々の気持ちを取るに足らないものにしてしまうのは,気持ちというものが経験から切り離して考えることなどできないからで,共感よりも共鳴を大切にすべきだという。つまずきながら歩くアプローチ。
 冒頭に紹介した,もうひとりのデイヴィッド,デンボロウの歌詞に戻ろう。彼は,マイケル追悼の気もちを歌に託した。そう,自転車は,ぼくらにペダルをこぐよう,今日,丘を目指すよう魅惑する。第二節。And if you’ve got wings / Then we’d better use them / Do you want fly with me through the clouds today? 翼は,ぼくらに羽ばたくよう,雲さえ突き抜けるよう魅惑する。そして第三節にあるプールは,ぼくらに泳ぐよう,何往復もするよう魅惑する。悲しみは? ぼくらにそのストーリーに耳を傾けるよう魅惑する。しかも,二つ以上のストーリーを聞くようにと。絶望も恐れも,同じだ。マイケルの愛したモノを並べた歌詞が,図らずも彼のごく自然な誘いを端的に伝えている。マイケルはグライダーにも乗る。「有視界飛行」というアフォーダンスによる旅は,彼にこそふさわしい。
 ぼくらもマイケルのおかげで,さもなくば考えもしなかったようなところまで旅をしてきた。新しい著作や論文が出るたびに,ワクワクさせる面接逐語録と難解な地の文に翻弄されながら,ぼくらはナラティヴが目指す先に進むよう魅惑された。『物語としての家族』(原書1990年刊/邦訳1992年刊)では,スニーキー・プーとニック家族との心理戦を通してぼくらは遺糞症治療で始まった外在化の何たるかを知ったし,手紙が宛先だけ書き換えられて統合失調症患者らによって共有されていくのを『人生の再著述』(1995/2000)のジェイムズによって知り,衝撃を受けた。そして「再会:悲嘆の解決における失われた関係の取り込み」(1997/2000)では,心不全で夫を亡くしたマリーと「あの人をすこし掘り出す」挑戦によってぼくらはリ・メンバリング実践を提示されたし,『セラピストの人生という物語』(1997/2004)ではさらに,30年以上統合失調症と闘い続けた母親が「パワー・トゥ・アワー・ジャーニー」グループの名誉会員に推挙された娘アイリーンの心揺らす話を聞くことで脱中心化実践を目の当たりにした。また,『ナラティヴ・プラクティスとエキゾチックな人生』(2004/2007)では,カウンセラーとしての理想をあきらめることなく悪戦苦闘するマックスによって失敗会話地図へと導かれた。最近では,『子どもたちとのナラティヴ・セラピー』(2006/2007)において,食事の問題を抱えたジェリーが着ぐるみを脱いでもマイケルから「だまされるもんか。子どもの皮をかぶったタイガーなんだろ!助けてー!」と言われて笑いにつつまれる場面と共に,一連の会話を誘う「立場表明地図」や「足場作り地図」という発明が説得力を持った。ぼくらのような治療者はデータだけではそうそう動かない。ストーリーで動かされるのだ。個人的には,わずか4回とはいえ90年のバークレー,99年のアデレード,05年の香港,そして07年のクリスチャンサンへと地理的にも誘い出された。なによりも,いくら好きだとはいえ,翻訳などという眠りを削る地道な仕事を20年近く続けられたのは,マイケルのおかげだ。きっと,こんなふうに魅惑されるのは,ぼくら治療者だけではなく,クライエントも同じなんだろう。
 さて,マイケルの最新刊が本書だ。あなたは,マイケルとクライエントとのどの会話によって最も遠くまで旅をしたのだろう? 彼が多くのクライエントと一緒につまずきながら歩いた末に書き上げた地図。いうまでもなく行き先は,その地図を使う者次第だ。
 地図はたいてい東西南北を右左下上に据えた二次元の平面であるから,マイケルが本書で提示した地図は,地図というよりチャート,グラフのことだ。横軸に時間,縦軸に会話事項を取る。もちろん,彼が提示したかったのは,地図そのものではなく地図的思考である。私たちが面接を地図を見るように想像するとき,何がもたらされるのか?面接を地図として思考し,了解すること。面接を地図に写し取るだけでなく,地図によって面接が構成されていく,その重ね合わせ,ないし逆説が,私たちの面接にライブ感覚を提供することは間違いない。そして,地図を作るという行為自体が,いかに権力の問題と結びついているかということも,マイケルは直接触れてはいないが,当然,語られるべきことであっただろう。ナラティヴは,出来事を時系列上につなぐことによって,時間を取り込んだが,今,地図によって,今度は空間を取り込もうとしている。「時空間」と呼ばれるように,時間と空間は切り離して考えるべきではないから,この地図のメタファーはさらに進化すべきものだろう。
 最後はやはり,蛇足と言われようと,彼の公理を原文で書き記すことにしよう。

    Within the context of the practices associated with the externalizing of problems,
    neither the person not the relationship between persons is the problem.
    Rather, the problem becomes the problem,
    and then the person’s relationship with the problem becomes the problem.

    (White, M. & Epston, D., 1990, p. 40/邦訳,p. 61)

2009. 4. 5. マイケルの一周忌に 訳者を代表して 小森康永

(追記・文献略)