はじめに

 本書は,Briere(1996b)の“Trauma Symptom Checklist for Cgildren(TSCC):Professional Manual”の邦訳である『子ども用トラウマ症状チェックリスト(TSCC)専門家のためのマニュアル』(西澤訳,2009)の続編的な位置づけを持っている。マニュアルの翻訳を出版した段階では,TSCCを日本の子どもに適用するために,わが国の子どもの標準化データに基づいたT得点を算出したが,尺度構成に必要とされるその他の分析は行っていなかった。そこで本書では,日本の子どもを対象としたTSCCの統計学的な特徴の分析,信頼性および妥当性の検討を行った。
 第1章では,虐待が子どもにもたらす影響の心理的アセスメントの全体像を概観した上で,TSCCの概要をまとめた。
 第2章では,主としてTSCCの実施の適用年齢,および性的関心項目について述べた。性的関心項目は,すでに出版されている日本語版TSCCには含まれていないが,現在の子どもの状況を考慮し,今回本書とあわせてTSCC全項目版もあわせて出版することになった。
第3章では,TSCCの各尺度の得点の解釈の基礎となるわが国の標準化データの統計学的な検討の結果を中心に述べた。また,あわせて,筆者のこれまでの臨床活動でTSCCを実施した六つの事例を紹介した。
 第4章では,わが国の標準化サンプルの記述統計学的な特徴を述べた。
 第5章では,TSCCの信頼性と妥当性について述べた。まず,原版TSCCの信頼性および妥当性を検討した研究を概観した上で,日本版TSCCの信頼性に関するデータを示し,妥当性の検討に関係するわが国におけるTSCCを用いた研究を示した。
 第6章では,TSCCの臨床的応用に関する研究として,児童養護施設で生活している子どもを対象とした筆者らの研究論文を掲載した。これは,本来は独立した原著論文として執筆していたものであるために記述形式や表現等が他章とは幾分異なっており,本書の一章としてはなじまない点が散見されるものの,今後,TSCCを活用した研究を実施する際の参考になると考え,ほぼ原文のままで掲載した。

 原版TSCCのマニュアルにBriereが記しているように,尺度の開発には多大なる時間と,多くの人々の協力が不可欠である。日本版TSCCの作成にあたってもっとも困難であったのは,標準化のための一般群データの収集である。今回の標準化データの多くは,私がTSCCに関する研究を開始した当時に千葉大学教育学部の教授であられた三浦香苗先生(現昭和女子大学教授)の御尽力の結果である。三浦先生のご協力なしには,今回の日本版TSCCの出版は不可能であった。
 統計学の素養に欠ける私が尺度構成などという大それた仕事を完遂できたのは,大学院生を中心とした多くの若き臨床家・研究者のおかげである。そもそもTSCCの標準化を考えるようになったのは,1997年,当時,昭和女子大学大学院の修士課程の学生であった三浦恭子さんが,その修士論文でTSCCを用いた研究を行ったためである。三浦さんの学部時代の指導教員であった私は,三浦さんの研究をサポートするなかで,TSCCの標準化を考えるようになった。三浦さんは,もっとも初期のTSCCのデータの統計分析を行い,その後数年にわたるTSCC研究の基礎を作ってくれた。また,本書の共著者である山本知加さんには,その後の標準化サンプルの統計分析全般を担当していただいた。山本さんは,現在,大阪大学大学院医学系研究科の特任研究員をされているが,私がTSCCの標準化に向けた分析に本格的に取り組み始めた当時は,大阪大学大学院人間科学研究科の博士課程の学生であった。また,当時,同じ講座の大学院生であった藤澤陽子さん,松原秀子さん,沼谷直子さんと,京都ノートルダム女子大学の尾崎仁美先生にも,統計分析の面で多大なる協力をいただいた。特に大阪大学大学院の学生諸氏には,私の仕事に巻き込まれるという災厄にもめげずに寸暇を惜しんでデータ分析に取り組んでいただけたことに心から感謝したい。そして何より感謝しなければならないのは,標準化のためのデータを提供してくれた多くの小中学生と,臨床的研究のために不愉快な思いをする可能性のあるTSCCの項目に答えてくれた児童養護施設等で生活している子どもたちである。こうした子どもたちの協力を意味あるものにするためには,今後もTSCCの基礎的,臨床的研究を継続する必要がある。
 その他,日本版TSCCの作成には,児童相談所や児童養護施設など,子ども家庭福祉にかかわる多くの関係者の助力をいただいた。ここに,心よりの感謝の意を表したい。