序 文

 本書を刊行するきっかけとなったのは,われわれが日本人一般児童のロールシャッハ・プロトコルの収集をはじめた今からおよそ10年前に遡ることになる。当時,臨床事例に関するロールシャッハ反応の検討会を重ねる中で,参照とする標準データはかなり古くなったと思われる日本人成人データか,あるいは包括システムの米国人児童データしか存在していなかった。それを標準データとして解釈の参考として良いものかどうか,しばしば議論が重ねられた。そこで,ある程度のサンプル数に基づく日本人児童データに関する文献を調べたところ,辻・浜中の1950年代のデータ以来,刊行されていないことが明らかになった。
 それ以来,われわれは日本人一般児童のロールシャッハ・プロトコルを収集し,日本の子どものロールシャッハ反応の特徴について検討を重ねてきた。その結果,成人や米国人児童のデータとは異なる数値を示す変数が多いことや発達的変化の様相が明らかにされてきた。
 中でも反応内容は,成人のそれとは大きく異なるものであること,Popular反応(以下P反応とする)も成人と異なり,さらに子どもの年齢によって異なる特徴などが明らかになった。大人の物の見方と子どもの物の見方が異なるものであることは言うまでもなく,こうした結果は当然と言えば当然の結果ともいえるであろう。したがって形態水準についても成人とは異なる基準が設けられて然るべきではないだろうか,とわれわれは考えている。
 ロールシャッハ法は,臨床場面において子どものアセスメントを行い,子どもの世界とかかわろうとする際に,大変役に立つ豊かな情報をわれわれに与えてくれるものである。産出された反応から,子どもの世界を理解し得る情報をどの程度汲み取ることができるかは,われわれ心理臨床家の腕にかかっている。いわば職人の技量次第ともいえるであろう。
 本書は,その技量向上の補助道具として役立つものとなることを願うものである。