あとがき

 本書はこの数年間に発表した自傷行為と境界性パーソナリティ障害に関する論文と学術講演会やセミナーなどで発表したものを加筆・修正したものです。そのため,私の頭の中同様に,ごちゃ混ぜ状態のままです。同じ内容が繰り返し何度も現れるのはそのためで,まとめる能力が私に欠けているだけの話です。
 思えば,私の精神分析の訓練分析もごちゃ混ぜ状態のままで終った気がします。この心のクセは治らない。片づけが下手なので書斎もごちゃごちゃ。参考文献もどこに置いたか分からないために探すのも一仕事だ。しかしこの欠点は境界性パーソナリティ障害の治療においては長所にもなるから面白い,と言っても合理化を図って直そうとしないのも私の心のクセなのです。ごちゃ混ぜ,何でもあり,行き当たりばったり,忙しいときは猫の手も借りる,のが私の性にあっているみたいだ。そして何ごとも不完全なままにするクセ!
 また本書の特徴は,自傷行為を誰かの理論に基いて治療しているものではありません。医療の原点に立って患者さんに「どのようにこまっているのですか」と問い,それを一緒に解決するよう努力してきただけの話です。その治療過程で以前からぼんやりしていた私の心のクセもはっきりしてきました。それを気づかせてくれたのがBPDや自傷行為の患者さんであり夏目漱石の小説と『源氏物語』だったのです。『源氏物語』については第5章で取り上げましたが,漱石については触れないまま終りました。それで「補遺」としてクリニックに置いてある『漱石の心の病』を収めることにしました。その内容は自傷行為とは関係ないのですが,第5章で述べた「関係性を育てる」ために「セラピストとともに過去を生き直す」という私の目指す心理療法を補完できるのではないかと思っています。
 漱石の小説を年代順に並べるとそのまま一つの精神分析過程になります。漱石は小説と言うフィクションの世界の中で自己分析を進めてゆくのですが,その家庭を私なりにまとめる間に,ごちゃ混ぜのままだった私の精神分析の訓練分析がいつの間にか終了していたのには驚きました。実は,10年以上前に実際の訓練分析は終了していたのですが,その後の分析は自分の心の中で続いていたのです。それが「あれ,終っちゃった」という感じでした。「私の変わった部分と変わらない部分」がよく見えるようになりました。患者さんを不安定にさせる私の心のクセも第1回日本思春期青年期精神医学会の発表当時よりは深く理解できるようになったのです。
 なお本書はいろいろな人のお陰で出版にこぎつけました。治療内容を掲載することを快く了承していただいた患者さんにまず感謝します。皆さんのお陰で本にすることができました。アステラス製薬株式会社福岡支店杉一往さんにはいつも文献を届けてもらって,とてもありがたく申し訳なく思っています。
……(中略)
 最後に,2002年にはじまった厚生労働省の委託研究『境界性パーソナリティ障害の新しい治療システムの開発に関する研究』の主任研究者牛島定信先生から「外来治療」の担当にお誘いをいただきました。この6年間の研究は私の精神科診療を言語化する機会になりました。とても感謝しています。そして長崎から福岡に精神分析を学びに出てきた私を暖かく受け入れて下さった福岡大学医学部精神神経科名誉教授西園昌久先生,精神分析の訓練分析をしていただきました九州大学教育学部教授北山修先生のお二人には感謝に堪えません。
 そして今日は第45回衆議院選挙の日です。筆を置いて妻と選挙に出かけることにします。

2009年8月30日 川谷大治