反省堂書店

アルコール・薬物依存臨床ガイド エビデンスにもとづく理論と治療
パウル・エンメルカンプ/著 エレン・ヴェーデル/著 小林桜児/訳 松本俊彦/訳
金剛出版
販売価格:4800円+税
★5つ

 型破りな訳書が出た。著者の一人・エンメルカンプはオランダ人で臨床心理学を専門としているが,膨大な文献は英語で書かれたものばかりである。
 かつて,依存症の理論家たちは,一度アルコールに依存してしまうと節酒に戻ることができなく,アルコールをひと口飲んでしまうと,その後の飲酒行動をコントロールできなくなる,と考えていた。物質依存を見てみても,たしかにチェックリスト式のDSMだとひとたび物質依存に分類されてしまうと,診断基準上ではもう二度と物質乱用のレベルには戻れない。それゆえ物質依存の臨床では,断酒・断薬が第一義とされてきた。ところが,著者らは以前過量飲酒していた者が節酒に戻ったり,節度ある違法薬物の使用が可能になったりするエビデンスがあると述べる。また,物質依存の臨床現場では,断酒や断薬ではなく,節酒や減薬を治療目標としたいと考えてくる患者が多い。このような現状から,著者らは治療導入時から断酒・断薬を目標とする従来のやり方は現実ではないと述べる。また,次のことも看過できない。薬物使用者は,しばしばアルコールや他の薬物を併用する。これは,一つの薬物によって生じる不快な副作用や離脱症状を他の薬剤で抑えるためである。さらに,物質使用障害の患者は,他の精神疾患にかかっている場合が多い。
 そこで治療法が提示されるわけだが,心理療法でも薬物療法でも複数の比較対照試験で有効性があった研究が大量に例示されている。それらの療法でわが国で未だ市民権が得られていないのは動機づけ面接と随伴性マネージメントであろう。
 著者らは,直面化と患者の抵抗を扱うことは逆効果であると一再ならず指摘している。動機づけ面接の段階では,患者は薬物に対して両価的である。このような治療初期の段階では,セラピストは共感的で支持的な態度が求められる。しかし,患者の心の準備が整うと,むしろ指示的な態度が求められる。随伴性マネージメントとは,オペラント条件づけの原理による治療法で,断酒・断薬という好ましい行動が起きた場合,その行動を強化するために「クーポン券」と呼ばれる賞が配布される。実際には,尿検査で最近薬物を使用していないことが確認できた場合,患者はクーポン券をお菓子や日用品と交換したり,入院患者であればテレビの視聴許可を得たりできる。
 米国の2002年の統計では,12歳以上の約40パーセントが生涯で一度は大麻を使用したことがあるという。わが国の物質依存の現状は米国よりは深刻でないかもしれない。だからこそいつまでも従来からの治療法に満足することなく,本書のような新しい知見を積極的に取り入れていくべきであろう。