はじめに

 現代の精神科医は多忙を極めている。精神科医の仕事は質的にも量的にも急激に変貌しているからだ。
 特にこの10〜15年の精神科医療をめぐる変化は目を見張るものがある。最近の精神科医療に関連するキーワードだけあげてみても、この10年を振り返ることができる。

隔離収容主義から地域支援へ 退院促進 医療観察法 スーパー救急 入院短縮化 自殺予防 現代型うつ病 精神分裂病から統合失調症へ 統合失調症の軽症化 発達障害 EBM(Evidence based medicine) NBM(Narrative based medicine) 復職支援 障害者自立支援法 クリニカルパス サイコバブル 社会的引きこもり 病名告知 カルテ開示 セカンドオピニオン 初期研修プログラム

これらのキーワードの意味することはわれわれの仕事に変化を迫り、量的にも負荷を増やしていることは読者の皆さんも実感していることだろう。われわれに要求されていることは、端的に言えば以下の4点に集約されるのではないだろうか。

@ 患者中心の医療(多様性・個別性への対応)
A 速やかな介入、短期間で効果的な治療
B 透明性を保ち、説明責任を果たせること
C 多くの社会資源関係者を含む、多職種との連携

 私はこのような時代の要請に応え、精神科医を支援するソフトウエアとして、解決構築アプローチ(solution Building Approach 以下”SBA”と略す)以上のものはないと考えている。後述するが、これはアプリケーションソフトとしてはもちろんのこと、オペレーティングシステムとして精神科医療の屋台骨になるものと考えている。さらに”SBA”が治療の上で重視する、「変化」「ゴール」の視点を精神科医療に持ち込むことを提唱したい。
 具体的な行動上の「変化」を取り上げてゆくアプローチは、治療の簡素化、効率化をもたらし、誰から見ても理解しやすいものにする。また「ゴール」の視点は、治療の不必要な長期化を予防し、個々の患者の望むものを尊重し、スタッフ間でも治療目標として共有しうるものである。SBAの「変化志向」「ゴール志向」が精神科医療にもたらすものは、一言でいえば患者中心の姿勢、治療の短縮・効率化・透明化である。これらはごく日常的な視点と見られるかもしれないが、”SBA”で扱う「変化」と「ゴール」は、一定の指針の元に形成され、無駄なく驚くべき有益さを与えてくれるものである。このような「変化」と「ゴール」の視座がもたらす恩恵については次章以降で論じていきたい。
 さて、ところで”SBA”とはいかなるものだろう?”SBA”は解決志向ブリーフセラピーとも呼ばれる、短期療法の一派に分類される心理療法である。広義のブリーフセラピーはもともと合衆国に生まれた。同国では保険会社の対費用効果の厳しい審査の元で治療機関の採用が行われている。つまり、セラピストはクライエントや患者のみならず、保険会社、マネージドケア会社の求める「早く、安く、効果的に」という要請をも満足させる必要がある。そうした厳しい条件のもと、主に2人の突出したセラピストInsoo Kim BergとSteve de Shazerらによって開発され、発展してきたのが”SBA”である。”SBA”による治療回数の短縮、ゴール志向の方法論は、日本においても行政、第三者機関の要請に十分応えうるものである。のみならず、治療場面においても患者中心、良好な治療関係の構築という質の向上に貢献していることを強調したい。
 最近では、レジリアンス(resilience 抗病力、しなやかさ、疾病へ抵抗して健康に戻ろうとする力)の概念が注目をあび、これを高め、引き出すことの治療上の重要性が叫ばれている。”SBA”では患者や家族の強さ、資源、健康な部分に焦点を当てていくため、レジリアンスを引き出すような介入はまったく自然に行える。
 また、SBAはカウンセリング、個人心理療法はもとより、家族療法、集団療法にそのまま適用できる。現在では医療全般、看護、ソーシャルワーク、矯正、教育、コーチングなど、様々な方面で活用されている。心理療法を越えた "thinking set" といっていいものである。
 精神科医にとっては、SBAを学ぶことによって様々な方面からの要請に対応がしやすくなるといっても過言ではない。SBAは疾患を選ばず、状況を選ばず、仕事以外の子育てや人間関係でも助けになってくれる。そうした”SBA”の使い勝手のよさを評して、「SBAは精神科医療の文化包丁」と私は表現している。
 多くの”SBA”を学ぶ人たちが一様にいうのは、「”SBA”を学んでから仕事が楽になった」、「楽しくなった」ということである。”SBA”は人間への深い信頼と楽観性に裏打ちされており、これを学ぶことが我々を人間として成長させてくれるという実感がある。私自身、仕事による燃えつきに苦しんだ時期に、”SBA”が自分を支え、建て直してくれたという経験がある。
 これまで私は10年以上にわたり”SBA”のトレーニングを受け続け、診療で実践を続けてきた。そうした中で自分が学んできた多くの重要なことが、形として残っていかないことに危機感を感じていた。ワークショップやメーリングリストで技術・知恵として流布されてきたことなどがそれである。それらを確実に記述して、後世に残したいと思い立った。さらに仲間や自分が見つけた日本の精神科医療の中での活用のコツも残したいと考えた。日本の精神科医療の実状に即し、日本人の患者にフィットした方法は、欧米のSBAの本には書いていない独自のものだからだ。それらが本書を書くきっかけになった。
 この本は第2章で”SBA”の基本的な考え方について簡潔に記述しているが、詳細については割愛した。これまでSBAの基礎や初学者向けに書かれた本は数多く、あらためて紙面を割くべきではないと考えた。”SBA”についてこれから学ぶ方は、後述するような解説書をあわせて一読することをお勧めする。
 本書を執筆するにあたっては、できる限り多くの臨床家にとって読んだその日から役立つものにしたかった。そのため全体を通じてオリジナルケースの逐語録を多くし、《  》に介入の意味を記載し、必要に応じ解説を加えるようにした。特に入院・外来の診療の章では治療の型・モデルを提示している。
 本書が精神科医療最前線で日々奮闘している臨床医やコメディカルの一助となり、患者として私たちが出会う人たちが少しでも苦痛から開放され、希望を膨らます助けとなることを願ってやまない。