解説

 本書は,Maggie Schauer, Frank Neuner, Thomas Elbert著,Narrative Exposure Therapy:A Short-Term Intervention for Traumatic Stress Disorders after War, Terror, or Tortureの全訳である。直訳すれば,「物語曝露療法―戦争,テロ,拷問による外傷性ストレス障害のための短期介入法」となるだろう。NETの略称で呼ばれる短期療法を解説するはじめてのマニュアル本である。表記には,「物語曝露療法」という日本語があまりに重いため,本書でも初出以外NETを用いた。NETの発音は,「エヌ・イー・ティー」と「ネット」のいずれも可能だが,後者の方がよく用いられるように思われる。ただ,本書の日本語タイトルについては,原題をそのまま用いると日本の臨床現場から遠い印象を持たれる恐れから,外傷性ストレス障害の治療というNETの内実を示す表現を採用した。
 本書の目的は,NET実践のための情報を提供することにあるが,理論編を一読していただければ分かるとおり,記憶理論をベースとして,PTSDをはじめとする外傷性ストレス障害に関する基本的知識が適切にまとめられている。その意味で,臨床心理学ないし医学領域における基礎的テキストとしても用いることができるだろう。

 原書のタイトルが示すように,NETは,そもそも難民に対する治療というニーズに応えるために考案された方法である。本書の記述は,戦争,紛争に関わるものが大部を占めている。したがって,そうした部分だけに目を引かれると,日本の臨床現場にそぐわない印象を持たれてしまうかもしれない。もちろん私たちは,NETが日本における幅広い適用可能性を持っていると考えるからこそ,本書の翻訳を思い立ったのであり,実際,適用の試みをすでに始めている。そこで,日本での適用可能性について述べることで,日本の読者への導入の役割を果たしておきたい。

 たしかに難民支援という実践は,日本においてそのニーズが高いわけではない。その理由には二つあると思われる。第一に,日本がそもそも難民を西欧諸国のような規模で受け入れていないためである。ここにはさまざまの政治的背景があり,その是非を単純に議論できないが,ヨーロッパ諸国の心理臨床を見聞すると,難民支援がいかに重要な臨床課題となっているかに改めて驚くことが多い。その差異が心理臨床全体にもたらしているかもしれない影響は十分論じる価値のある問題と感じている。しかし,外国からの移住者に対する生活支援,適応支援が日本で行われていないわけではない。訳者たちの暮らす神戸地域にも相当数の移住者があり,私の指導学生のなかにも支援組織に心理専門家の役割を期待されて参加している者がある。しかし,そうした活動のなかで,祖国における外傷的体験に由来する適応困難に注目した支援活動が行われているかといえば,やはり答えは否である。これが理由の第二である。後者から考えると,現在認識されている以上のニーズがあるのではないかと思われるが,この点については筆者の経験に限りがあるのでこれ以上ここでは述べない。関係領域の方が,NETに関心を持たれれば,適応の可能性を探っていただきたい。

 元来の適用領域である「難民支援」について現状でニーズが少ないとすれば,日本におけるNETの適用分野にどのようなものが考えられるだろうか。
 NETには,治療とともに権利擁護のための証言という性質がある。特に難民に対して意味を持つ後者をいったん脇において,治療法という側面にのみ光を当てると,その特質は,@いわゆる複雑性PTSDを対象とすること,A短期間で実施できること,の2点であり,加えて,B研修を十分受ければ治療専門家以外の専門家によっても実施可能,という特徴も持っている。この3点から考えて,NETが意味を持つ臨床現場は日本においても少なくないと思われる。
 筆者が実際関わっていて,NETの利用を考えている臨床現場は,まずは児童養護施設,児童治療施設などの福祉領域である。加えて,医療領域におけるいわゆる複雑性PTSDの患者などへの適用についても可能は大きいと思われる。なぜなら,これらの領域において,先の3点の特質が大きな意味を持ってくるからである。
 児童養護施設に暮らす子どもたちの多くは,ネグレクトを含む虐待,外傷的別離や死別などを体験している。子どもたちの心理的問題のかなりの部分が,過去の体験の記憶が言語化されず,整理されないままに残されていることと関係すると思われる。実際,複雑性PTSDとして理解できるような症状や行動の問題が頻繁に見られる。そして,児童養護施設では,制度的ないし経済的な事情から,長期にわたる治療的関わりを十分行うだけの専門職を置けないことが多い。心理療法士は,情短施設はもちろんのこと,かなりの児童養護施設に配置されているとはいえ,多数の子どもの治療を行うだけの人的資源は得られていない。その意味で,短期的治療によって一定の治療効果のある技法,研修を受けたケアワーカーによっても実施可能な技法があれば,心理的援助の可能性は大きく広がる。つまり,NETが応えようとしているニーズがそのまま,日本の現在の児童福祉の世界に存在するということである。
 医療領域においても,治療的対応に苦慮する事例に,複雑性PTSDの範疇に入るものが相当数あるという印象がある。ただし,複雑性PTSDは,本書が述べるとおりJ・ハーマンが『心的外傷と回復』で提唱した診断基準であって,現行の診断マニュアルに採用されているわけではない。ここでは,過去に多数のトラウマ性体験があることが症状形成の重大な要因となっている事例という意味で用いている。個人的印象でしか言うことができないが,子ども時代も含む過去に多数のトラウマ的体験を持つ成人患者は相当数に上るが,現在の診断体系ではそのようなものとして認識されず,問題のありかが不明確なまま治療に困難を来しているのではないかと思われる。特に,人格障害として治療されている症例,抑うつ症状が前面に立っているために気分障害として治療されている症例にそのような症例が含まれているように見える。本マニュアルは通常の医療実践における利用についてわずかしか触れていないが,医療実践においてNETを用いる試みがすでに行われており,抑うつの背景にトラウマ的体験がある場合にも良い結果が得られることが報告されている。日本においても今後期待される臨床実践である。

 以上,特に福祉領域でNETを用いる可能性について述べた。現在までの私の経験では,児童福祉領域でNETを用いる際には,本マニュアルが示すような難民の事例と異なった事情があり,今後その相違に対して使用にどのような配慮が必要か検討していかなければならないと思われる。事例に即した詳細な検討は今後の筆者自身の課題として,ここでは今現在見えている二つのポイントに簡単に触れておきたい。

〈家族関係に関わる事情〉
 難民の事例においては,体験を語りえない理由は,体験のトラウマ性にある。しかし,加害−被害関係がある意味単純である武力紛争と違い,福祉領域における語りは,加害‐被害関係に家族関係の力動が絡んでおり,その力動が語りを困難にしていることが多い。つまり,被害を語ることは,加害者である家族―その多くは親であるが―の行為を明らかにすることでもあるため,子どもに語る行為への不安や罪悪感が生じやすい。特に,家族との関係が現在も続いている場合は,語ることが現在の親子関係に影響を与える恐れから,言葉にすることをためらう場合がある。NETでは,安全な環境が確保されていることが実施の前提条件となっている。つまり,今現在も被害が続いているような状況では,まず被害状況を取り除くことが課題となる。外的環境として「話しても大丈夫」という条件が整っていなければならないのである。家族関係の意味で,あるいは施設の生活環境の意味でこの条件が整っているかを考えながら実施しなければならない。またこれに関係して,NET実施のなかで過去の被害状況の実態や,ときには現在の被害状況が見えてくる場合がありうる。その意味では,福祉領域で用いるNETにも「権利擁護のための証言」としての性格があると考えられる。

〈個人情報の扱い〉
 難民の治療において語られる内容は,当人の言葉によってはじめて明らかにされるものであり,それ以外の情報源は存在しないのが普通だろう。だからこそ証言としての意味がある。しかし,福祉領域の子どもの過去の体験は,親族などからの情報,児童相談所の調査など,子ども以外の情報源からすでに知られているものがあり,それを治療のなかでどう使うかが問題となる。たとえば幼少期に別れた父親の記憶について子どもが語った場合,その事情を児相や施設がすでに知っている場合などである。そうした場合,子どもの記憶を言葉にしていく作業と,子どもが知らない情報を「告知」する作業のどちらを優先するか,あるいはどのように両立させるかという課題に直面する。言いかえれば,NET本来の「記憶を言葉にする」治療の側面と,子どもの「知る権利」に基づいたケースワークの側面が同時に存在することになる。ケアワーカーとの連携によって,NETに真実告知の要素を加味して実施した経験からすると,両者に配慮することで十分有効な援助法となると思われる。その際,過去の体験にトラウマ性が強いほどNETが持つ曝露の治療的意味が大きくなり,弱い場合は真実告知と生活史の整理を行うケースワークとしての「ライフストーリーワーク」の性格を持つように思われる。

〈説明と同意〉
 本書には,「説明と同意」(インフォームドコンセント)の様式が巻末補遺3に収録されている。福祉領域の子どもに実施する場合に,それとはかなりの程度異なった様式が必要と思われる。福祉領域での日常的な臨床活動における実施には「証言」という要素は少ないため,他の治療技法を行う場合と同じような「説明と同意」,言い換えれば子どもの治療への動機づけを行うことになるだろう。そこに適切な心理教育が含まれることも他の治療技法と同じである。ただし,家族関係や「知る権利」に関わる問題をどのように,どの程度まで「説明と同意」に含めるかは重要な問題であり,そこに「証言」の要素も入ってくる。はじめからそのような側面について触れるか,「証言」としての性質が発生した場合に改めてその扱いを検討するかという選択肢があるだろう。

 ここに挙げたポイントは,現場において,治療者,ケアワーカー,児童相談所といった専門機関,専門職間の連携によって適切な形で扱っていくべきものである。これらは,本マニュアルの解説から考えると,NETの実施を難しくする要因と感じる向きもあるかもしれないが,今までに私が体験したところでは,専門職間で協議していくことで個別の事例に即して適切な対応を見出していくことが可能と考える。

 これ以上の議論は,今後の実践の中で,また成果を持ち寄った学会等の機会に検討すべきものである。マニュアルの一部として述べるほどの定まった基準は存在せず,私も含めた実践家の今後の課題としておきたい。一つだけ付け加えておくならば,とのような対応をするにせよ,本マニュアルで述べられているトラウマの基本的扱いを踏まえるべきであって,安易に変更を加えないことが重要である。安全な環境を確保することを怠ったり,トラウマ性記憶の扱いを十分しなかったり,特に本マニュアルで「難局」として論じられている局面の扱いを誤ったりすれば,非治療的になりうることを認識しておく必要がある。
 最後に翻訳作業についてふれておく。訳は,全体をほぼ4分割して,筆者も含めた4名の訳者それぞれが担当し,それぞれが作成した第一稿を合わせて筆者が文体を統一した。その後全員が訳稿全体を通読する機会を重ね,訳語や表現について協議し,共通判断が得られるまで検討を加えた。多くの専門用語から,実施現場の生の声や,文学的な表現まで,日本語として読めるために多様な対応が必要であった。原書の意味するところが誤解なく伝わるレベルにまでは何とか到達したのではないかと考えるが,なお不十分な表現や見落としによる誤りが残っていることを懸念している。このマニュアルを出発点として,NETに関する検討が多くの専門家によって行われ,そのなかで日本における適切な実施法が見出されていくことを期待している。
・・・・・・後略

2010年1月17日
阪神淡路大震災15周年を迎える神戸にて
訳者代表 森 茂起