はじめに

 まずは私事で恐縮なのですが、家族とのコミュニケーションが非常に苦手でした。「患者さん本人だけを相手にして、家族と話す必要がないのならもっとスムーズに話ができるのに。」と何度思ったことか分かりません。それに加え日常の診療そのものよりもむしろ家族と話をしないといけないことにストレスを感じることも多々ありました。
 医療でのコミュニケーションについての書籍は数多く出版されていますが、家族とのコミュニケーションをとる上での独特のジレンマや、なんとかしたいと思うことについて、指針を示しているものは見つけることができませんでした。
 一方で、専門的なカウンセリングや精神科、心療内科などの文献では、確かに内容としてはすばらしく、家族とのコミュニケーションについて詳しく書かれてはいるのですが、精神科疾患の臨床経験を積んでないと理解するのに難しいものや、そのままの内容では、わたしたちが日常臨床で実践しにくいものでした。
 専門書から日常臨床に取り入れる試みをおこなう上で、2つの大きな壁がありました。一つはそういった専門書では症例として扱われているのが「精神」疾患の患者さんとその家族であるのに対し、私たちの臨床では「身体」疾患の患者さんとその家族が対象となることです。疾患について違いがあるにもかかわらず、私たちの日常診療に取り入れるにはどのようにすればよいかという指針がなく、大変苦労しました。そして、もう一つは、専門書では通常、患者さんや家族が「問題」を持ち込んで、医療者が解決するという構図で面接が進められています。ところが私が何とかしたいと思った状況は、むしろ医療者側が、家族とストレスなくコミュニケーションをとりたいという「問題」を持っており、それを解決すべき者も医療者であるということです。これはカウンセリングにあてはめれば、クライアントとセラピストがともに同一人物であるということになります。このような視点で問題を取り扱った解説書がなく、視点の転換についても苦労をしました。
 このような経験から、研修医を始めとする一般臨床医が実際に日常診療で遭遇するような場面で、できるだけ臨床に取り入れやすく、実践しやすくというねらいでこの本を書きました。 もうひとつ、私自身は家族とのコミュニケーションについてはまだまだ発展途上のレベルであると自覚しています。本来であればプロ中のプロが、こういった本を書くものだと思います。しかし、あえて現在の状況で書いたのは、まだ初学者の気持ちを忘れずにいる今だからこそ気づくことがあるのではないか、また、面接技術を身につける過程で感じた困難を、まだ新鮮に覚えているうちに書くことにも意義があるのではと思ったからです。
 というわけで、内容的には不備があったりするかと思いますので、ご指摘いただけたらと思います。