あとがき

 今、この本を手にとっていただいている方々、ありがとうございます。家族と面接することに、少しでも関心
をもっていただけたらありがたいと思います。
 家族とのコミュニケーションの入門書として、できるだけ分かりやすくということを意識して書いたつもりです。本文中にもありますが、この本の元ネタとなっているのは、カウンセリングの分野でのいわゆる「家族療法」と呼ばれるものや、日本独自で発展した「システムズアプローチ」と呼ばれるものです。しかし家族療法やシステムズアプローチと言っても、今まで聞いたこともないという方がほとんどだと思います。ただしこれらの治療法の中にもいろいろなやり方があるようで、その中から自分ができそうなものを(認識論を含め)取り入れた結果がこの本です。
 コミュニケーション技法を身につける上で大いなる認識の転換が必要でした。しかし、この認識の転換がくせもので、私たちの普段の思考過程というものからはかけ離れた視点で世界を見なければなりませんでした。本書で分かりにくい、理解しにくいという印象を持たれたとすれば、大半はこの部分だと思います。例えば「相手のメッセージを、自分と相手との相互作用の結果として見る。」と言ったとしても、やはり相手のメッセージは相手の人柄やパーソナリティーの結果から出るものと考えてしまうのが自然です。「自分がこう言ったら相手はどう反応するだろうか?」「相手からこういう反応を引き出すためには自分はどうアプローチをしたらよいだろうか?」と日々、私自身も考え込んでおり、格闘しております。なかなかそうは簡単に身につくようなものではないようです。
 コミュニケーションについて勉強してから自分の中で変わったのは、困った相手や苦手とする相手に対して、今までは「いかに相手に負けないようにするか」という、相手との戦いでした。しかし現在では「いかに相手に否定的な感情をもたないようにするか」という、自分との戦いとなりました。これも、言うほどにはなかなかうまくはいかないのですが…。
 というわけで、中にはえらそうなことを書いていたり、説明がうまくいっておらず、分かりにくいところもあるかと思いますが、ご了承下さい。そして、この本で書いていることは決して本気でそれが正しいと主張しているわけではありません。あくまでひとつの考え方として読み進めていただけたらと思います。
 この本で数々の認識論や技法などを紹介しています。繰り返しになりますが、決してこれらが「正しい」方法というわけではありません。100人医者がいれば、100通りの家族とのコミュニケーションの方法があってもいいわけです。むしろ、この本で紹介している方法に縛られてしまうのは百害あって一理なしです。この本をたたき台にして、ぜひ自分のスタイルを築いてください。
 もうひとつ、ある程度の臨床経験を積んでおられて、自分のスタイルが確立されている方々にはこの本は不要だと考えています。わたしから見ると、15年から20年以上の臨床経験を積んである方々は、この本に書いてある方法よりもはるかにうまくコミュニケーションをとっている場合がほとんどだからです。
 そういうことで、この本はコミュニケーションが「苦手」レベルから「普通」 レベルにもっていくことはできても、「普通」レベルからそれ以上のレベルへ上げるものではありません。あくまで、入門書であります。
 症例編で取り扱った例は架空のものですが、経験をもとにして実際の症例を改変したり、いくつかの症例を組み合わせたりしてストーリーを作りました。一部、冗長な説明となっているところがありますがご了承ください。日常の臨床現場で起こりそうな、そして割とやっかいな状況を想定したものが多くなってしまいましたが、これは、私自身が解決したいと思った状況であり、コミュニケーションについて勉強しようと思った動機そのものなので自然とそうなってしまいました。
 もしもこの本の内容に興味をもっていただき、大いに賛同していただいた、もしくは実践して少しずつ役立てているという方が現れてくれたら幸いです。しかし、そういった方々には特に注意していただきたいことがあります。それは、繰り返しになりますが、この本の内容が真実である、正しいと思わないでいただきたいということです。ついついこれが真実だと思ってしまうと、同僚のコミュニケーションの取り方を批難したり、無理に周囲を教育をしようとしたり、認識論を理解してもらえないと悲観的になったりするものです。
 医療はチームで行うものですから、自分のコミュニケーション能力だけを考えていては片手落ちとなってしまいます。これは、本文中にも書きましたが自分自身が患者さんや家族に対してどのようにコミュニケーションをとっているかだけではなく、他のチームメンバーも、どのように患者さんとコミュニケーションをとっているかというところにまで気を配らなければなりません。しかし、チームのメンバーについて、自分の思っているように動いてくれない、もしくは自分が思っているように患者さんとコミュニケーションをとってくれないことで批難するのは言語道断です。むしろ、システム全体を見ることで他のメンバーから助けてもらっていることを実感すべきです。もしかすると、これは私も含めてですが、こうしている今現在も周囲のスタッフが医者の失敗をうまくフォローしているかもしれません。
 ここでも、えらそうなことを書いてしまいましたが私も特に初学者の頃は、他のスタッフが自分の思っているように動いてくれないことで、イライラしたりということがありました。持論で周囲のスタッフを批難したり、無理に教育しようとするのは、相手の枠組みを尊重してないどころか、自分の枠組みを押し付けているということですから、これはジョイニングという視点からは間違いとなります。
 真実は患者さんをはじめ、相手の側にあります。もしもこちらのコミュニケーションの取り方に未熟な部分があれば、苦情や不安の訴えとして私たちにフィードバックしてくれます。(ということを肝に銘じているつもりです。)
 最後に、コミュニケーションの分野での私の心の師である(こちらが一方的に思っているのですが)システムズアプローチ研究所/コミュニケーションケアセンターの吉川悟先生、唐津尚子先生、岡裕子先生に感謝いたします。夏期のセミナーの内容が、今の私の基礎となっております。
・・・・・・後略