あとがき

 本書の副題「私の考える精神腫瘍学」は、クインシー・ジョーンズの“This is how I feel about JAZZ”『私の考えるジャズ』から借りた。、そのCDを聴いたとき、収録曲のタイトルがそのままいくつかのケースのイメージと重なったのである(注1)。その上、その内実が『新版精神医学事典』(弘文堂)の「サイコオンコロジー」で紹介された精神腫瘍学の一二の問題事項だった。つまり、この二つが、本書の二重らせん。ぴったりはまった。
 偶然の力は大きい。『私の考えるジャズ』をときどき聴くのは、カール・パーキンスが(ラスト三冊だけだが)ピアノを弾いているからである。左手が悪いことからくる、独特のタッチは魅力だし、手が悪いのにピアニストになるところも面白い。左手が悪いが故に他のピアニストとの差異化が可能になったのだと考えれば、「手が悪いから」ではあるけれど、いずれにせよ、そんな理由でピアニストになる人は、まずいない。ちなみに、私の父親はどことなくカール・パーキンスに似ていて私が一三のときに急死したので、何かの偶然が重なれば自分も遺族ケアの対象となったかもしれないと想像すると、精神腫瘍学的偶然と言えるかもしれない。
 がん医療は、未曾有の好景気である。私のような人間までかかわらせてもらえることになった。これ幸いと、精神腫瘍医としての経験四年を本書にまとめた。正統な精神腫瘍学にはもり込まれそうにないものではあるが、この領域の実践は、私のようなよそ者の参入でにぎわうべきものだというのが、私の正直な印象だ。
 最後に、自らおよびご家族の病いの体験について直接引用を快諾して下さった方々―伊藤さんとかのこやすらぎ会のメンバー方、それに佐藤さんのご遺族に心からお礼申し上げたい。そのほか人物特定につながりやすい細部は変更し一般化させて頂いた方々や実名の同僚看護師、異相真理さんと高木礼子さんと山崎祥子さん(現・愛知県立看護大学)をはじめとする愛知県がんセンター中央病院のみなさんにも。彼女たちの癌医療への真摯な思い(たとえば第10章と第11章参照)を知らなければ、本書は多少違った形になっていただろう。
・・・・・・後略

二〇一〇年三月二十四日 著者


(注1)収録曲は以下の通り。1/Walkin', 2/Stockholm sweetnin', 3/Evening in Paris, 4/Sermonette, 5/A sleepin' bee, 6/Boo's blues, 7/Danicin' pants, 8/Be my guest, 9/Kings road blues, 10/Bright moon, 11/The oom is blues, 12/Ballad Medley : What's new, We'll be together again, Time is on my hands, You go to my head, Laura. これは“Go West Man”がカップリングされた一九九二年プレスの輸入盤。二〇〇七年盤では、さらに三曲が追加され曲順も並べ替えられているし、日本盤だと、もともとの同タイトル盤に収められた六曲しか収録されていない。それでは、本書は生まれ得なかった。ただし、これらのタイトルは本書の執筆を随分加速したけれど、私はフランスの言語遊戯的文学集団「ウリボ」のメンバーでもないので、結局、読者の理解を優先し、症例はいくつかすり替えることにした。