監訳者あとがき

専門家ではない読者の方に向けて

 本書は,うつ状態やうつ病の症状で苦しんでいる方のために分かりやすく書かれた,いわば「“うつ”克服のための役に立つ手引書」のような書物で,“OVERCOMING DEPRESSION:A Cognitive-Behavior Protocol for the Treatment of Depression−Client Manual”の全訳です。このたび同時に翻訳出版される,専門家向けの“うつを克服する10のステップ:うつ病の認知行動療法:セラピスト・マニュアル”に対応したものです。
 本書の一番の特徴は,自分自身の力で“うつ”を乗り越えて,健やかな気分や状態を回復していくための有効な取り組み方が,ステップ・バイ・ステップ形式で具体的に解説されていることでしょう。と言っても巷によく出回っているお手軽なハウツー本の類いではなく,原書のタイトルにもあるように,“認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy,以下CBTと略記)”という,その治療の有効性が実証された最新のカウンセリング・心理療法の理論と技法に基づいた信頼性のあるものです。したがって,本書で示された手順をきちんと踏まえて実践していけば,“うつ”で苦しんでいる多くの方に有益な恩恵がもたらされるだろうと思います。
 “うつ”を克服するプロセスを実際にどのように進めていくのかは,本書の「イントロダクション」において各章(セッション)で扱う内容の概要が示されていますので,先ずここを読めばそのおおよその見取り図を得ることができるでしょう。そこで,この「あとがき」では,本書の基盤になっているCBTとはどういうものなのかを簡単に紹介しておきたいと思います。
 こころの問題や病理に関する理論や治療法は,現在いろいろなものが専門家の間で提案されています。理論が違えば治療的なアプローチもまた違ったものになるのですが,CBTでは,問題や病理の原因を深く探っていくことよりは,その問題や病理を維持・強化している要因に主に働きかけて,それを修正し変化させることに主眼を置いています。その際に,CBTでは特に,人のものの見方や考え方(思考),解釈の仕方,さらには信念(CBTではそういったこころの働きのことを総称して“認知”と呼んでいます)や行動の仕方に着目し,それらを見直し変えていくことを通して,こころの問題や病理にアプローチしていこうとします。
 本書では,CBTの立場からみた“うつ”の本質に関する見解と,“うつ”克服の手順が紹介されています。そして,あなたの“うつ”を維持している,あなたの認知や行動の仕方を見直し変えていくのに大いに役立つ2つのツールが,本書の“目玉商品”として紹介されています。その一つは「行動スケジュール」と呼ばれるもので,今ひとつは「拡張版思考記録」と呼ばれるものです。この2つのツールは,とてもシンプルなものなので,その活用の仕方の解説を読んでも,“こんなことで本当によくなるのだろうか”という“認知”が,もしかすると頭に浮かんでくるかもしれません。しかし,是非とも最初に,実際にこの2つのツールを使ってみて,その“認知”を検証することにチャレンジすることから始めてみてください。私たち監訳者は臨床経験の上からも,この2つのツールが,あなたの“うつ”の克服に大いに役立つと信じていますが,少しでも役立つと思えたならば,本書の手順に沿って,是非継続的に活用していただきたいと思います。どんなことでも何かを続けることは決して簡単なことではないことは,私たちもよく知っています。特にこころが疲れ参ってしまっている時はなおさらでしょう。しかし,この2つのツールを粘り強く,継続的に活用することで,“うつ”を克服する道筋がきっと見えてくるだろうと思います。決して諦めないで,“うつ”克服のプロセスを一歩ずつ歩んでいって欲しいと思います。
 このあとがきの冒頭の部分で,本書は「自分自身の力で“うつ”を乗り越える」ための本であると書きました。もちろんその通りなのですが,できればCBTの専門家か,あるいはCBTの専門家ではなくてもCBTに理解のある専門家の治療を受けるか相談にのってもらいながら取り組んでいただく方が,より安全に,より効果的に“うつ”を克服していけるだろうと思います。それから,専門的な議論はここでは割愛しますが,“うつ”と言っても実際にはいろいろなタイプの“うつ”が存在することが,現在,専門家の間で明らかにされてきています。本書で提案されているアプローチが“どうも合わない”と思われる“うつ”の方もいらっしゃる可能性があります。“合わない”からと言って,本アプローチに効果がないことの証明になる訳ではありませんし,“自分はもう駄目だ”と絶望する必要もありません。あなたの“うつ”の克服に役立つアプローチが他にきっとあるはずです。「専門家」ならば,あなたの“うつ”の状態をきちんと見立てるだけでなく,あなたの希望やニーズにきっと謙虚に耳を傾けて,あなたに合ったアプローチを摸索してくれたり,一緒に取り組んでくれることでしょう。ですので,決して最後まで諦めずに,“うつ”克服のためのプロセスを歩んでいただきたいと思います。
 本書の翻訳は,まず臨床経験が豊かでCBTの実践経験もある4名の臨床家が下訳したものを,2人の監訳者が原文と逐次照合しながら完成させました。同時に翻訳出版される“うつを克服する10のステップ セラピスト・マニュアル:うつ病の認知行動療法”と本書は,CBTを実践する際に一緒に参照しながら活用する形式で書かれていますので,当然のことながら内容的に重複する部分があります。“セラピスト・マニュアル”を読まれる必要は別にありませんが,目を通していただいても一向に差し支えはないと思います。CBTのセラピストが何を考えながら治療の場に臨んでいるのかを知ることも,あなたの“うつ”克服に役に立つかもしれません。CBTはなんといってもセラピストとあなたが希望を携えて,オープンに共同的に取り組む治療法です。
 本書が,あなたのこころの健康に少しでも役立つことをこころより願っています。
・・・・・・後略

監訳者を代表して 前田泰宏