まえがき

 本書は、「精神療法」誌に掲載された2つの特集号、「特別支援教育と心理的援助―軽度発達障害とのかかわり―」(32巻1号、2006年)と「アスペルガー症候群」(33巻4号、2007年)に掲載された論文を、現時点における新たな視点から加筆・修正したものである。そのために、本書は「第T部:特別支援教育」と「第U部:アスペルガー障害」の2部構成となった。
 収録されている論文は、「精神療法」誌の特色である「症例重視」の立場が貫かれており、単なる学説・文献の紹介ではなく、執筆者自らの臨床経験に基づいてまとめられたものであり、そのぞれの明確な主張が率直に述べられている。さらに特集号が出版されて3〜4年経った現在、軽度発達障害に関する考え方も大きく変化し、2〜3年後に刊行される予定のICD-11やDSM-Xの草稿(未だ部分的にしか見ることができないが)をみると、発達障害にかかわる論議は、急激に展開されている。
 本文でも触れたが、平成19年度から「特別支援教育」が実施され、全国的に一応の形は整えられた感がある。しかし、筆者が直接かかわっている「適正就学指導委員会・情緒障害部会」や「特別支援教育巡回指導」、さらには2ヶ月に1度、夜6時半から某小学校で行われる「事例検討会」で見聞きする状況を考えると、その内容とレベルは当初の理想にはほど遠いものである。特別支援教育にかかわる教員および通常学級の教員が、自ら切磋琢磨すべき課題は多い。
 さらに、32巻1号(2006年)の論文で、筆者は「"いわゆる"軽度発達障害」について問題点を提起したが、平成19年3月、文科省初等中等局特別支援教育課は、「発達障害の用語の使用について」という通知を発表した。それによると、「軽度発達障害の表記は、その意味する範囲が必ずしも明確ではないこと等の理由から、今後当課においては原則として使用しない」とし、学術的な「発達障害」と行政政策上の「発達障害」とは一致しないことを明らかにした。まさに「吾が意を得たり」である。
 さらに、筆者の担当論文には、ICD-11「精神および行動の障害」およびDSM-Xの作成課程における最近の動向を追記した。筆者がメンバーとなっているRoyal College of Psychiatrists, Faculty of child and adolescent psychiatryから、さまざまな情報(WHOおよび世界精神医学会への意見書のとりまとめ)がもたらされており、その一部を紹介した。WHOでは、精神障害を、@Neurocognitive Disorders(神経認知的障害)、ANeurodevelopmental Disorders(神経発達的障害)、BPsychoses(精神病)、CEmotional Disorders(感情障害)、DExternalizing Disorders(外面化(外在化)障害)の5つの群に分けることが検討されている。アスペルガー症候群はNeurodevelopmental Disorders(神経発達的障害)に含まれ、各国の専門家からの意見を求めている。そのポイントは、広汎性発達障害に替えて「自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorders, ASD)」を採用する予定であるというが、その詳細は本文を参照していただきたい。現在提案されている試案について筆者が気がかりなことは、ASDにおける「重症度」による区分が適切か否かという問題である。広汎性発達障害という名称はなくなっても、「発達のゆがみ、アンバランスさ」がこの領域の特徴であり、教育・療育が難しいと言われる基本にある問題である。障害者自立支援法の障害区分認定で常に問題となることである。
 本書の刊行が企画された直後に「自閉症スペクトラムの人々の就労問題」という特集(35巻3号、2009年)が組まれた。「就労問題」は発達課程における様々な問題を、就労を機に社会と接する段階で、最も象徴的に顕わにする重要な課題である。本書の読者には、就労問題に関する特集号も是非ご一読頂きたい。