あとがき

 本書は、私が初めて著した精神分析臨床エッセイです。
 精神分析の本質は転移体験にあると私は考えます。ですから精神分析では、物語性と視覚が優れてその構成要素なのです。このため精神分析の体験や考えを文章で現実化するには、それらの構成要素を内包する書き方が求められます。ゆえにフロイトは、『ヒステリー研究』、ドラ・ケース、ラットマン・ケース等において、分析場面、その展開やそれを検討する彼自身が目の前に浮かんでくるように書いたのでした。すなわちエッセイという書き方は、精神分析体験を表わすのによく適っていると思います。そして私も三〇年以上の精神分析臨床を重ねて、ようやくエッセイらしいものが書けるようになっているのかもしれません。
 本書に魅力があるとするなら、それは精神分析の伝統がもたらしているものでしょう。本書に臨床に役立つヒントがあるとするなら、それは精神分析の本質がもたらしているものでしょう。私はそれを唯わたくし流になぞったにすぎません。あらゆる精神分析での出会いが、ふたつとないその二人にしかない出会いであるのと同様に、本書に出会われた方にとって本書が何かを感じさせるものであるのなら、そのことをうれしく思います。
 本書の一〇講までは、専門誌『精神療法』に連載されました。残りの五講も、もともとその連載ために書き溜めていたものでした。ただこれらは実際には、私の在籍する大学の紀要のひとつに「精神分析の学び方論五篇」として掲載されました。
ここでひとつ、述べておきたいことがあります。
 それは、これらの小論は連載を求められたので書いたというものではないことです。私に書きたいことの構想が形を成したときと連載を求められたときが重なったのです。ヤu啄が一致したのです。
 金剛出版の中村奈々さんは人生の重要な時期にもかかわらず、本書に熱意を持って取り組んでくださいました。また、立石正信社長は私の初期の本『摂食障害の治療技法』から今日まで支援してくださっています。お二人に感謝いたします。
 生きていることは、夢のまた夢なのかもしれません。けれどもそれは、夢のように現実的な体験でもあるようです。明日は夢を見ているのでしょうか。それとも夢を生きているのでしょうか。

ゆめ色の雨を見ながら