はじめに

 臨床心理学は,実践活動,研究活動,専門活動から構成されています。心理専門職としての臨床心理士は,それらの活動を適切に実行できる技能を一通り習得していることが求められます。それによって職業的専門性を確立することが可能となるのです。したがって,教育訓練システムの目的は,臨床心理士が臨床心理学の活動を適切に実行できるための知識と技能を一通り習得できるように実践活動,研究活動,専門活動の 技能を整理して体系化し,組織的に教えることとなります。そのために必要となるのが,総合的なカリキュラムです。
次にしなければならないのは,そのような課題をクリアできる授業内容を組みこんだカリキュラムを実際に作成することです。わが国の,従来の臨床心理学には,心理療法モデルが強いという特徴があります。そのため,実践活動だけをとっても,総合的なカリキュラムが構成されていません。むしろ,夢分析や箱庭療法といった特殊な技法が,あたかも主要技法のごとく教えられているという偏った教育も行われています。その結果として,アセスメント技法や社会的関係を形成する技能の訓練が,これまでの大学教育に適切に組みこまれていませんでした。臨床心理学の中核にある実践活動のカリキュラムがこのような欠陥状態ですから,研究活動や専門活動の技能に関するカリキュラムが未確立なことは言うまでもありません。
 ところが,世界の臨床心理学は,エビデンス・ベイスト・アプローチに基づく研究活動の成果を取り入れて発展したことで,社会的にも専門活動として広く認められるようになっています。そこでは,科学者−実践者モデル,生物−心理−社会モデル,認知行動療法が主要な役割を担うようになっています。わが国でも,このような臨床心理学の発展が社会的に求められるようになっています。したがって,わが国の臨床心理学では,このような新たな発展の土台となるカリキュラムを構築することが喫緊の課題となっています。
 そこで,本書では,まず具体的な授業内容を含んだカリキュラムを提案することにしました。そして,そこに含まれる科目ごとに,参考となる日本語で書かれた書籍を紹介することを目的としました。というのは,新しい科目とカリキュラムを提案しても,教える側も教わる側も,そのような科目を教えた経験がないということがあります。そのため,どのように教えるのか,あるいはどのように学んだらよいのかというイメージをもてないということになります。また,それを教え,学ぶための教材も適切なものがないということもあります。本書は,そのようなわが国の現状を超えて,新たな臨床心理学教育の発展に貢献することを目的として編まれたものです。
 書籍の選択と紹介については,東京大学大学院・臨床心理学コースの私の授業に参加した大学院生に多大な協力を得ました。記して感謝します。

2010年7月19日 下山晴彦