おわりに

 読みやすく編成された講義録の校正原稿を読みながら、実際にはアドリブの連続であったといっても良いような、まとまりのない、しかし、話し手としてはとても楽しかった講義のあれこれのシーンを思い出している。

 行動療法は、臨床の、現場で、もっとも生き生きと働く治療法である。
 講義でも説明していることであるが、行動療法は、それだけでは理論と方法の単なるシステムにすぎないもので、面白くもなんともない。しかし、これらの考え方も方法も、いったん臨床現場に入り臨床の価値に添うと、それらは自由に動きだして治療や援助の実になり、臨床の豊かな方法になってくるのである。
 行動療法臨床では、治療者はその方法群をもって臨床に対し、問題を具体的に把握し、問題のどこかに治療の介入口を見つけ、治療の方法を個別に工夫し、治療を行い、治療効果をみる。行動療法臨床ではこのような営みを繰り返しながら、治療を進めているのである。ここでは、単なる方法にすぎなかったものが、症例ごとに、その問題ごとに、活き活きとした独自の治療法になっていく、といっても過言ではないだろう。
 もっとも、考えてみると、こんなことは行動療法臨床にかぎったことでもないだろう。このことはどんな精神療法でも多かれ少なかれ言えることではなかろうかと思うし、臨床は実際そんなところでしか本当のところは進んでいないのではなかろうかとも思う。
 しかし、行動療法は、ここのところがまっすぐに主張できるのである。そして、当然のことながら、このようにして進む行動療法では、治療者は、その方法を技術として、その場その場に応じて使えるように、しっかりと身につけていることがなによりも必要なのである。

 この講義録は、そんな、臨床現場でこそ生きてくる方法で成り立っている行動療法を、半数近くはまだ臨床経験がそれほどに多くはない、いわば臨床の初心者に属する受講生に、臨床の楽しさとともに伝えようとした講義記録の一部である。

二〇一〇年五月五日 山上敏子