あとがき

 この本を書き始めてから4年たつ。認知行動療法の優れた教科書はすでにある。私がそれに何を付け加えれば良いのか,考えあぐねた。ここまで読んだ人はわかっていると思うが,ひねりにひねりまくった。私は売れ,そして長く書棚を飾る本を書きたい。初版でおしまいや,すぐに古本屋で売られる本では悲しい。精神療法を学ぼう,本を買おうという人が皆,期待することは技法や技術である。料理に例えれば,「今日から貴方もプロと同じ味付け料理の鉄人が教える30分で作れる秘密のレシピ」という本の方が,「プロが30年の経験から語る料理の哲学」という本よりも売れるだろう。
 初心者でもレシピ通りにつくれば,そこそこの味のものになり,失敗がない。そして単純なレシピであればあるほど,美味しいものが作れる。一回,美味しいといわれれば,また作ろうと思うだろうし,もっと良いレシピがあるだろうと期待して,本をまた買い,作るだろう。そして,失敗したり,飽きてきたり,美味しいはずなのに食べさせた相手が不満を述べるようになると,もっと本を買おうと考え,あるいは,「本では絶対教えない,料理の鉄人が教える本当の料理のコツ」というワークショップに金を払って参加するようになるのだろう。
 そしてそのワークショップで教えるものは,秘密のレシピなどというものではない,どこにでもある普通のレシピである。
 「今日から貴方もプロと同じ味付け料理の鉄人が教える30分で作れる秘密のレシピ」というものはまやかしだ,それにだまされるような治療者にならないで欲しい,というのが私が読者へのお願いである。治療者Xのようになって欲しくない。
 この本の中に書いてあることは,“古い酒を新しい皮袋にいれる”である。昔から知られていることを,私が今これを書いているときの読者ではなく,未来の読者に合わせるようにする。新しいがクラシックを目指した。数学者は,単純で美しい証明を目指す。公理を優れた形で表現した数式はそれを生み出した数学者の予測を遙かに超え,時代を超え,記憶される。ピタゴラスは自分の名前が人気テレビ番組タイトルになるなど予想もしていなかっただろう。BFスキナーが残した仕事のうち,言語行動の理論は最も理解が難しく出た当時は誤解されことが普通だった。そしてスキナーが亡くなった後,その仕事は,チンパンジーのアイちゃんに言語を習得させる研究や自閉性障害の治療につながっている。自分の生きている時代は誤解されていた仕事が,本人も予想しなかったところで後年,さまざまな仕事の発展に貢献する,そんな仕事をなしとげる人物になることが理想である。そして,そのような人物は科学の世界でも数えるほどしかいない。
 私がそんな人物に万が一にもなれる可能性があるとは信じていないが,そうなりたいと思う気持ちが大切だと信じている。この本は母が急逝したときから書き始めた。この本を母に見せることができなかったことが,とても残念である。
 最後にこの本で残そうとしたことはクリティカル・シンキングという習慣である。最後までこの本を読んでくれた方に感謝する。この本を買うことでCBTの理解が変わった,患者が治せるようになった,治せるようになったのはこの本を買ったことが理由だ,と思う人が一人でおられれば至上の幸せである。