まえがき

 児童精神科の入院治療というのは,症状や行動上の問題が深刻化して,家庭や学校,地域社会の中で行き詰まった子どもたちを「抱える」ことから始まる。そして,症状や問題行動を改善させる,すなわち「治療する」ことに加えて,子どもたちを「育てる」ことも同時に行える場でなくてはならない。

 本書は,約20年間児童精神科の入院治療に携わってきた,筆者の臨床経験に基づく「覚え書」,あるいは「実践報告書」のようなものである。子どもを抱え,育てることのできる病棟にしていくためにはどうすればよいか,ということについて,日々の臨床の中で学んできたことや,二度にわたる児童精神科病棟の立ち上げと運営を経験する中で考えてきたことを文章にしたものである。
 執筆にあたっては,児童精神科医に限らず,看護師,心理士,精神保健福祉士など,子どもの入院治療に携わるさまざまな職種の方々が,日々の臨床で困った時に,少しでも役立つような内容となるように心掛けたつもりである。そして,情緒障害児短期治療施設や児童養護施設など,子どもに24時間寄り添い,支援している方々にも,共有していただける内容を盛り込むことも意識して書かせていただいた。
また,本書には,具体的なイメージを共有しやすいように,「ミニ事例」を掲載している。これらの事例は,これまで筆者が主治医や病棟医として関わってきた多くの子どもたちやご家族の一部分を,修正し,かつ組み合わせて1つの事例として記載したものである。そういう意味では,掲載されている事例は「架空の事例」であることをお断りしておく。
 最後に,本書の執筆にあたり,多くの方々にお礼の言葉を述べさせていただきたい。まず,国立国際医療研究センター国府台病院精神科部門診療部長の齊藤万比古先生に深謝したい。齊藤先生には,児童精神科臨床の右も左もわからず危なっかしい治療をしている筆者を,暖かく見守り,育てていただいた。また,本書の内容の多くは齊藤先生から学んだことであり,今となっては,どれが先生から学び,どれが筆者の考えなのかもわからなくなるほど筆者の中では一体となっている。こうした内容にもかかわらず,本書の出版も快諾していただいた。また,他県への研修というわがままを許してくださった山形大学医学部精神医学教室の十束支朗教授(当時),どこの馬の骨ともわからないレジデントを常勤医として「抱えて」いただき,精神科医としての矜持を教えていただいた国府台病院第一診療部長(当時,後に院長)清水順三郎先生をはじめ,児童精神科医として「子ども」だった筆者を育ててくださった国府台病院のさまざまな職種の方々,静岡で児童精神科部門を一緒に立ち上げ運営してきた仲間たちにも感謝したい。そして,何よりも,この頼りない治療者と付き合い,さまざまなことを教えてくれた(今も教えてくれている),たくさんの子どもたちやご家族に,この場を借りてこころから感謝の意を表したい。