監訳者のことば

 ドナルド・メルツァーと飛谷渉は、大変好ましい組み合わせであると私は思います。なぜなら、メルツァーはロンドンを離れたオックスフォードの地で独創性と孤高性を生きた分析家でした。そして、飛谷渉もロンドンから帰還後、その生き方を始めているからです。

 本書『精神分析過程』は、メルツァーの処女作であるとともに、もっとも輝かしい著作です。クラインが創生した新しい精神分析の展開プロセスをみごとに理論構成しました。それは、クライン自身も、『メラニー・クライン入門』を著わした高弟ハンナ・スィーガルもなし遂げられなかったことです。
 この著書によってメルツァーはクライン派のプリンスに位置づけられました。すなわちクライン派第二世代の末子、メラニー・クラインの最後のアナライザンドですが、輝かしい未来が約束されたも同然の立場になったのです。本書出版後に実行されたウィルフレッド・ビオンの米国への突然の移住が、彼への期待をさらに高めたにちがいありません。
 そうした期待に応えてメルツァーは、次著『こころの性愛状態』(Sexual States of Mind, Clunie Press, 1973)ではフロイトの性愛理論を、クラインの見識を踏まえて独創的に改編します。さらに第三作『自閉症の探究』(Explorations of Autism : A Psychoanalytic Study, Clunie Press, 1975)において、精神病より原初的なこころの状態を次元性や分解という視座から革新的に描写し、分析的理解と接近を探究しました。このようにメルツァーのオリジナリティは大きく花開きましたが、それは周囲のクライン派分析家との間に溝も作り始めたのです。やがて彼は、英国クライン・グループ本流を離れて独自の道を歩み始めました。
 世界的な視野からは、フロイト、クライン、ビオンの流れをさらに推し進めた彼らの後継者と目されるメルツァーでしたが、彼自身の後継者と目される分析家は英国にはいません。彼はワン・アンド・オンリーな存在でした。私は、飛谷渉がポスト・クライニアンから創造的に変形するなら、メルツァーに肉薄しうる存在になるだけの力量を持っていると感じています。『精神分析過程』の訳出は、その始まりかもしれません。

 『精神分析過程』は、精神分析臨床の“自然史”を描き出したものです。第1部は、ナラティヴな理論構成で著わされ、第2部では臨床素材を使った例証がなされているとともに、精神分析での作業と分析家のコンディションが簡潔に著わされています。精神分析臨床を知るという必須課題において、本書を読まずにそれを知ったとはいえないと考えるのは私だけではないと思います。『精神分析過程』の不変な価値を実感していただくために、まずは一読されんことを強くお薦めします。

松木邦裕